W2×1　【MiyabihimeA】

「ったく、こっちの事情も考えろってのッ！」
　悪態をついて、三つ編みを指先で弾く。青紫の瞳を細めて口元を笑みに歪めれば、魔物達が一瞬気圧されて後退った。すぐに我に返って向かってくる魔物を１人、長い爪を武器に薙ぎ払う。
　赤い血が、ぱっと散った。
　生臭い臭いが、ヒイロにも届く。宙に浮いている魔物達にため息をつき、自分の周囲に簡単な結界を張った。右手に握る数枚の黒い羽根から、１本を抜き取って結界の核にする。言うまでもなく、デュオの羽根だ。魔王に匹敵するデュオの魔力や能力の大半は現在使えないらしいが、使える能力だけでも上級魔性との戦いには十分だった。
　見上げているのに疲れて、ヒイロは散らばる瓦礫の中から椅子を拾い上げる。腰を下ろしながら、青ざめている店主や宿屋の散々な有様に苦笑した。
「・・・デュオ」
　宿屋が半壊してる・・・。
　淡々としたヒイロの指摘に、にやりとデュオが笑った。ひらひらと手を振って、安心しろと示す。弁償額が膨らもうと、ある意味心配はいらなかった。目の前には金の成る木がいる。
「じゃ、壊した物を弁償して貰おうか」
　ぺろっと舌で唇を湿らせると、口の中で封印呪文を唱える。かすかに響いた声に魔力が呼応し、爆発した。デュオの右手に生まれた光が、血塗れの魔物を封じ込む。
　落ちていく封印石は、美しい緑色の宝石になっていた。下で戦いを見守るヒイロの手に、不自然な軌道を描いて落ちる。デュオの魔力に包まれて届いた宝石を、溜め息をついて袋にしまった。
　デュオが封じたのなら、まず解呪は不可能だろう。
　さほど金に困っているわけでもないが、この宿屋すべてを弁償するとなれば話は別だった。確かに魔物の襲撃が原因なのだから、本人に弁償してもらうのが一番なのだが・・・・デュオほど割り切れないヒイロの心境は複雑だ。
「あと１匹・・・」
　舌舐め擦りしたデュオの楽しそうな声にヒイロが顔を上げると、魔物は自棄になったのか。突然足元のヒイロをターゲットに定めて、風の刃を投げつけた。大丈夫だと思っていても、目を閉じてしまうのは反射的な行動だ。
　ふわりと風は髪を揺らしただけだった。ヒイロを切り裂く直前で、握り締めた羽根に反応した精霊が刃を解除したのだ。それはデュオの神翼が持つ力であるにもかかわらず、まるでヒイロが精霊を従えたように見えた。
　驚いたように目を瞠る魔物を、物騒な笑みを浮かべたデュオが捕らえる。
「ヒイロに手を出そうとするなんてな・・・命知らずな奴。楽に死ねると思うなよ」
　言葉通り、デュオは魔物をすぐに殺さなかった。かといって封じる気もないのか。致命傷になる寸前のケガを負わせながら、息の根を止めようとせずに口の中で神呪を唱える。その意味はわからない。普段の召還や詠唱と違う言語に聞こえた。
　瞬間、魔物はデュオの手招きに引き寄せられて質量を落とす。手のひらの上に構成したビー玉に似た透明の球体へ、魔物は吸いまれてしまった。本当にビー玉サイズになった球体を転がしながら、長い前髪を掻き上げるデュオが地に足をつける。
　１５ｃｍほど高い長身を僅かにかがめて、ヒイロの額にキスを落とした。
「・・・それはどうするんだ？」
　じっと・・ヒイロの視線がデュオの手に注がれる。軽く握った球体の中で、魔物が苦しんでいるのが見えた。どうやら死ぬに死ねない状況で、空間を封鎖されているらしい。ある意味、封印石に近いのだろうが、中に閉じ込められた魔物に意思や痛みがあるなら別物だった。
「ん？　気が済むまで放っておく」
　当たり前のように無邪気に告げられ、呆れてしまう。
　大切に思う存在以外は、まったく意味を持たない。誰でも同じように冷淡に、残酷に、子供の我が侭で振り回す。それが魔物と言う生き物と理解する呪術師ヒイロでさえ、さすがにデュオの残虐さを”度が過ぎてる”と判断していた。
　以前使い魔にしていた者は、ここまで極端な性格をしていなかったと思う。
　それでもデュオを選んでしまう自分がいるのだけれど・・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ヒイロ、すっかりデュオに振り回されていますね。この時点ではまだ狙いが「ヒイロ」の方だと、誰も気づいていません。デュオもお間抜けさんだからなぁ・・・・遠い目。