W2×1　【MiyabihimeA】

　からからに乾いた喉で声を絞り出し、デュオは食い入るように見ていたモニターの映像からやっと目を離すことが出来た。
　コロニーの維持システムが停止している現状では、ちょっとした衝撃・・・そう例えるなら１０ｔ程度の隕石の衝突ですら、ラグランジュ・ポイントを超えて、コロニーが動き出してしまう。その可能性は試算ですら８０％を超えていた。
　宇宙の無重力状態での衝突は空気の抵抗がない為に、勢いが衰える事はないのだ。
　普通ならなんてことはない。それこそ気づきもしない程の衝撃で、コロニーは地球へ落ち始めるだろう。
　ラグランジュ・ポイントがいかに安定していると言っても、それは維持システムが正常に作動していることが前提になっていた。周囲は、宇宙風や様々な惑星の引力が渦巻く状況なのだ。コロニー位置の維持システムが停止している今、いつ地球へ落下の道を辿ってもおかしくなかった。
　まさしく、一発触発の事態だった。
「トロワや五飛がつくまで、あと３０分。間に合うか・・・」
　唇を噛んだヒイロの横顔に、デュオは同意の溜め息をついた。
　こんな大事を企んでいるとは思わなかったのだ。せいぜい、政権を奪う程度のクーデターだろう・・・と。正直デュオはサラを侮っていた。
　残酷すぎるこの現状を、彼女が予想しなかったとは思えない。どうなるか、住んでいる人間の末路を知っていて、この事態を引き起こした。
　コロニーのマザー・システムの重要性を誰よりも知る筈の、コロニー市民でありながら・・・。
　コロニーを地球に落とすことはしないだろうが、このままでは彼女の意思でなくとも落下を始める可能性があった。もし地球へと落下を初めても、彼女はきっと微笑みながら見つめていられる。
　それほどに彼女は変わってしまった。

　　ピピピッ。
　端末からのアクセス音にヒイロが応じる。すばやい彼の行動は、ディスプレイを見るなり止まった。
「・・・・」
「どうした？　ヒイロ」
　動かないヒイロの様子を不審がり、デュオが後ろからディスプレイに目を向ける。
「・・・・・・ッ！！」
　言葉が咄嗟に出ない。デュオの顔色が見る間に青ざめた。ディスプレイの中には淡々とメッセージが打ち出されている。スイーパーからの勝利宣言、いやサラ・ミレイユは宣戦布告のつもりだろう。
　明らかな挑戦だった、コロニー議会や地球の統一国家などに向けた物ではなく、デュオとヒイロへ向けられた個人的なメッセージだった。
「・・・デュオ、大丈夫だな？」
　ヒイロの瞳にはすでに決意が滲んでいる。強い光を持つ群青に射竦められ、デュオは小さく頷いた。すぐにもう一度、自分の決意を示すように頷きなおす。
「ああ、・・・オレ１人と引き換えるには、あまりに犠牲が大きい。彼女はやり過ぎたんだ・・・」

◆◇◆
　五飛とトロワを含む４人が合流したのは、メッセージから僅か２時間後の事だった。Ｌ１コロニー群の首都コロニーに荒谷用意されたウィナー家の別邸で、５人は半年振りに顔を合わせる。
「こんな事態でなく、会いたかったですね」
　カトルの声が皮切りだった。事態の大まかな外角しか聞かされていないトロワと五飛への、カトルからの説明が始まる。説明がされている間、デュオは一度も顔を上げることなく聞いていた。そんな彼の様子を痛々しそうに見つめるヒイロは、何もする事が出来ずに唇を噛む。
「では、デュオが一番に狙われる・・・と考えていいのか？」
　トロワの確認に、ヒイロもカトルも頷く。
　眉を顰めた五飛の口から溜め息が漏れた。デュオ以外の視線が五飛に集中する。
「デュオ、おまえは何か言う事はないのか？」
　彼の呆れ口調にデュオが顔を上げる。口を開きかけ、言葉を殺してしまう。
「五飛・・・」
　カトルの制止を聞かなかったフリをし、五飛は眇めた目でデュオを睨み付ける。それでも返事をしないデュオに苛立ったようで、五飛は容赦のない言葉を投げつけた。
「自分だけが悪いとでも思っているのか？！　そんな偽善に浸る余裕がどこにある！　悪いと思ったなら、それなりの行動を起こせ。それが出来ないなら、おまえは必要ないッ！！」
　デュオは弾かれたように顔を五飛に向ける。視線を合わせて、驚愕に見開かれた目を瞬いた。どうやら責められると思っていたらしい。
　そんなデュオの隣で、ヒイロは小さく息を吐き出す。溜め息というほど大層なものではないが、気分的には大差なかった。カトルは視線を逸らし、トロワは無言を貫く。
「・・・五飛の言う通りだ」
　最初に口を開いたのは、意外にもヒイロだった。五飛の言葉を肯定すると、椅子から立ち上がる。少し離れた場所に移動すると、正面からデュオへ向き直った。強い眼差しにデュオは俯きかけ、それでもぎこちなくヒイロと視線を合わせる。
「来い！　まだ戦う意志があるなら、ここまで自分で歩け。出来ないなら、大人しく守られていろ」
　口調がきつかったのは最初だけ。後半は冷たい声に変わっている。これが煮え切らないデュオへ、ヒイロが与える最後のチャンスだった。
　平時なら誰も行わなかっただろう、そんな滑稽にさえ見える光景は、デュオを引き戻す儀式なのだ。デュオ自身に選択を委ね、五飛が言葉を吐き、ヒイロが行動を起こした。
　デュオ次第だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....