W2×1　【MiyabihimeA】

　交通システム、空気の浄化、重力制御、上下水道・タスなどのライフラインの管理、シャトルの発着、天候システムの管理プログラム・・・ｅｔｃ
　コロニーという名の箱庭は、人間が生きていくには過酷な場所なのだ。だからこその、人知を結集したプログラムであり、システムであった。
　それらが一切失われたとき、人間にはもはや宇宙空間で生きていくだけの力はなかった。宇宙を我が物顔で航行し、支配した人間は・・・あっという間に、その『神の領域を侵犯した力』を奪われてしまったのだ。
　コロニーの現状維持のための機能はすべて麻痺してしまい、市民はよそのコロニーへ非難する暇すら与えられなかった。気づいたら、濁った空気の中で重力すらなく浮遊し、すべての管理システムが停止していたのだ。脱出する為のシャトルでさえ、航行システムをコンピュータの演算に頼るが故に発着不可能になっていた。
　外部からの援助も期待できない。それどころか、他のコロニーもこうなっていないと、誰が保証できるのだろうか。
　すべてのコロニーが同じ状況なら、地球からの救助はまずＬ１やＬ５へ向かう筈だった。ラグランジュ・ポイントに作られるコロニー群でも、地球により近い側から助けの手が入るのは当然だろう。
　Ｌ２コロニー群はＬ３より地球寄りとはいえ、一番近いとは言えないのだ。
　第一、ウィルスが地球にも感染していた場合、地球もコロニーの救援どころの騒ぎではない。外部がどうなっているのか、それが分からない現状では自分の保身を図る以外にどうすることも出来なかった。
　どうしたらいいのか。
　パニックに陥った人間は、時にとても残酷な行為を平然と行える。まさしく、人間も獣の一種であることを証明してしまうのだ。
　己の子供を放り出し、自分の保身を図る・・・先日までは優しかった母親。可愛がっていた妹を突き飛ばし、動かないシャトルへ飛び込む兄。年老いた父から金品を奪い、それを抱えて逃げる・・かつての孝行息子。
　そうした悲劇を数々見せつけながら、それでもこのコロニーから逃げられた人間は存在しなかった。

◆◇◆
　無駄な足掻きに近い数多くの行為を、サラは冷酷な眼差しで見下ろしていた。
　醜い人間の本性―――普段、どれほどに「愛している」とささやいた相手でも、自らの安全の為には平然と切り捨てられる。それが人間という生き物だった。
　榛色の瞳は、人形の目に嵌め込まれたガラス玉のようで、感情という光を宿していない。引き締められた口元にかすかに浮かぶ笑みは、人間の愚かさを嘲笑っているのだろうか。
　自分の背後の人間の表情を、鑑のように反射するディスプレイに映しながら、サラは己に付き従う幹部の様子を窺った。
　裏切りの芽は早く摘むのが肝要―――こういった残虐な行為はこれからも続く。それに従えない灰化など、彼女は必要としていなかった。
　だが顔を顰める人間など、１人もいない。彼も彼女も、サラに従う５人の幹部の顔色に、緊張は窺えても嫌悪や同情の色など欠片もなかったのだ。
　スイーパー・グループというＬ２最大の組織は、コロニーの安全確保を最優先とし、クーデターの火消しを目的に設立された筈だった。しかし、今や危険極まりないテロリスト集団に成り下がっている。
　サラ・ミレイユ。彼女の決断ひとつで、Ｌ２首都コロニー数千万人の命の行方が決まるのだ。
　フェリス・ナシルを最高指揮官としながら、事実上は彼女の天下であるスイーパーには、最早サラの暴走を食い止められる人間は存在しなかった。
　サラを止められるとしたら、それは２人の存在だが・・・すでに過去の事である。
　アーヴィンと―――シュレン。この２人だけがサラを止められた。
　デュオとの争いに敗れて喉を切り裂かれた、サラの初恋の相手であり婚約者でもあった、サラを誤解したまま殺されたア－ヴィン。アーヴィンの身代わりにされていることを承知の上で、サラを庇って飛び出した為に、デュオの放った銃弾に倒れたシュレン。
　２人が２人ともサラを愛して、彼女に愛された男だった。だが彼らが現世に存在しない以上、狂気におぼれる今の彼女を救うことは出来ない。
　彼らを失った為に狂ったサラを、スイーパーの幹部は利用する気でいるが、実際には彼女に利用されているのかも知れなかった。
　ミレイユ家の力と名声を利用し、サラという頭首を抱くことにより、自らの野望によるＬ２コロニー群の支配という夢を叶えるつもりなのだ。自分らが頭首という責任を負わないようにサラを担ぎ出し、彼女の陰に隠れて影から支配する気で、この計画を持ち出したのだろう。
　だが、サラの方が一枚上手のようで・・・・。
　狂人であるが故の、秘められた才能の開放は、サラの指導力を際立たせる。計画の残虐さ、実行の為の努力と手回し、人を惹きつける天性の狂気は、すべてに於いて幹部に秀でていた。
　どちらが利用し、利用されているのか。すでにどうでも良いことなのかも知れない。計画の成功こそが、幹部５人とサラの願いなのだから・・・。
　もちろん、サラの願いは『デュオ・マックスウェル』の絶望と苦しみであり、他の５人とは重ならない望みではあったけれど・・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....