W2×1　【MiyabihimeA】

　自分より頭ひとつ大柄なデュオに押し倒され、ヒイロは腕の中で怪訝そうな声を上げる。何か濡れた感触と、嗅ぎ慣れた血臭に慌てて体の向きを入れ替えた。
「ちょ・・・デュオ？」
「大丈夫かっ！」
「揺らすな、サリーに連絡してくる」
　走り出す五飛の叫びが尾を引き、トロワがデュオを無理やり引き剥がすと、ドアの内側に押し込んだ。じたばた暴れるデュオがヒイロへ手を伸ばし、反射的に掴んだヒイロも一緒に床に座り込む。
　外を窺うが、狙撃の気配は感じられなかった。
「どこを撃たれた？」
「・・・・・・・掠めただけだから」
　否定する仕草で笑うデュオの顔は、額に浮かんだ汗さえなければ、ケガをしているように見えない。
　階段前の踊り場に、血が流れていた。コンクリートの床は次第に赤く染め上げられていく。ヒイロの腕が傷を探り、触れた途端に呻きが漏れた。
　背中、肩甲骨の僅か下辺りを掠めたらしい。いわゆる銃創と呼ばれる弾傷と違い、掠めた弾が抉った感じの傷だ。それだけに止血がし辛い場所だった。
　シャツを濡らす血に顔色を変えるヒイロは、徐に着ていたシャツを脱ぐと包帯代わりに止血を始める。黙ってされるままになっているデュオは、少し体の位置をずらすと、壁に寄りかかった。
「・・・バカが・・」
「うん・・・・」
　怒っているようにも聞こえるヒイロの口調は、心配に揺れていた。震える声の理由を理解できるから、本当に心配させて悪いと反省している。
でも、同じ場面に遭遇したなら、また庇って傷を負う自分がいるから・・・後悔はしなかった。
　手際のいいヒイロの応急処置を見ながら、トロワは視線をさ迷わせた。ミッションから戻ったヒイロなら、包帯や薬を持っていた筈・・・そう考えてバッグを探せば、先ほど屋上に放置した事実を思い出す。
　ついでに・・・・忘れ去っていた存在も。
　ドアを細く開けて気配を探れば、ドアのすぐ近くで死体を前に震えている男を見つけた。二発目の凶弾に倒れた新兵の死体は、ヘリポートの片隅を赤く染めている。
　友人だったのだろうか。ヒイロ達に庇われて無事だった男が、倒れた彼を必死で起こそうとする。もう死体でしかないのに・・・・。
　すでに狙撃の気配と緊迫した空気は消えていて、状況を知らないヘリの操縦士が怯えながら歩いてきても、撃たれる様子はなかった。それを確認すると、トロワがヘリポートへ身を滑らせる。右手に銃を構えて応戦できる状態で、泣きじゃくる男とヘリの操縦士を連れ帰った。この際、バッグは無視する。すぐにサリー・ポォが駆けつける筈だ。
　戻ってみれば、いつの間にやらカトルが銃を片手に援護体勢に入っていた。
　物陰から銃口を覗かせて援護する様は、ウィナー家当主やコロニー議会の重鎮には見えない。完全平和主義を唱えるリリーナに賛同してからは、銃を手にすることもほとんどなかったカトルだが、やはりガンダム・パイロットとして身に付いた技術は健在だった。
「すまない」
「いいえ、それより彼は・・」
　視線だけで指し示された屋上の死体に、トロワは静かに首を横に振った。カトルより戦場経験は長い。あれだけの出血、銃弾を頭部に受けた事実を考えても、死んでいるのは確実だ。
「そうですか・・」
　残念そうに呟いたカトルの語尾に、五飛とサリーの足音が重なった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....