W2×1　【MiyabihimeA】

　約束の相手―――ヒイロは来ない。
　知ってるのだ。
　23日の夜に、「約束を破って済まない」と電話があった。来られない理由も聞いたから、「仕事ならしかたない」と笑って許したのもデュオ自身だ。こうして待つ行為に意味はないのだけれど・・・待ちたかった。
　来ないと知っていても・・・・。
「あの・・・お１人ですか？」
　柔らかい女性の声に、デュオは静かに目を向けた。小柄な女性は黒髪で、気配で違うと気づいていたのに、一瞬どきっとする。同じ色彩というだけで動揺するのは、それだけヒイロに心奪われている証拠なのだろう。
「待ち合わせです」
　端的に答えたのは、同じような女性に声を掛けられた数の多さ故だった。
　どうしたわけか、女性達はクリスマス・イヴを１人で過ごすことを厭う。周囲がお祭り騒ぎを繰り返す街で、孤独が身に沁みるのだろうか。
　・・またか。多少うんざりするのも当然だった。この女性で、もう１５人目なのだから。数えるつもりがないのに覚えている、自分の記憶力の良さにもうんざりした。エージェントの性と言われれば、確かに一種の職業病に近いのかも知れない。
「もしご迷惑でなければ・・」
「・・・もう待ち合わせ時間が近いので」
　やんわりと遠まわしに断れば、彼女は残念そうに頷いて去って行った。後姿をぼんやりと見送り、痛みを感じるほど冷えた指で煙草を取り出す。意識しても止まらない震えに苦笑し、なんとか火をつけて咥えた。
　立ち上る紫煙を眺め、必要以上に猫を被っている自分に気づく。あんなに丁寧な言葉、普段は使わないのに・・・くつくつと喉の奥で笑い、煙草の煙を吸い込んだ。
　上品で誇れるような育ちじゃない。
　世の中の不公平や不条理を山ほど見てきたから、神様も信じられない。
「・・・オレの天使を返してくれよ・・」
　呟いた言葉は、吐き出した紫煙に溶けた。誰も聞き取れなかった願い・・祈りだろうか。叶えられないと知りながら、自虐的になる自分を止められなかった。
　今日は・・・・１年前からの約束だった。
　クリスマス・イヴに、去年と同じロータリーのツリーの下で―――そう約束した時のヒイロの笑顔を覚えている。だから、来なくても待ちたかった。
　約束が消えたら、あの時の幸せな気持ちが嘘になるような・・・不思議な寂しさを覚えたから。暖かい部屋で寛ぐより、寒いロータリーの前で凍えていたい。
　教会の鐘の音が聞こえた。
　遠くから・・・１つ。２つ。
　そして駆け寄る足音が響き、デュオは目を見開く。
　嘘のような・・・・奇跡。
　聞き誤る筈がない足音と、間違えようがない強烈な印象の気配・・・・・！
「・・嘘・・・・・」
　黒髪と蒼い瞳、整いすぎた顔は走った所為で赤い。息を切らしながら、白いコートを揺らして駆け寄ってきた。反射的に腕を広げて受け止め、腕の中の温もりに目を細める。
「・はぁ・・・・っ、・・・・この・・・バカッ！！」
「うん・・」
「な、・・で・・・・家に、いな・・った！！」
「うん・・」
「・・・・・・デュ・・オ・・」
「うん、ヒイロ・・ゴメンな」
　冷えた指に気づいたヒイロが眉を顰め、まだ整え切れない呼吸で苦しそうな表情ながら、自分の頬に指を導く。一瞬肌が竦むほど冷たいデュオを叱りつけながら、嬉しそうに頷く恋人を小突いた。
「・・・・バカ、が・・ッ・」
「ありがとう」
　探してくれて・・・無理して仕事を片付けて帰ってきてくれて、馬鹿な自分を叱ってくれて、何より―――許してくれて。本当に嬉しくて言葉にならない。
　笑顔を浮かべているのに、どうしてか目頭が熱かった。少し潤んだ視界に気づきながら、腕の中の黒髪に頬を摺り寄せる。
「・・・・・・・帰るぞ」
　ぼそっと照れ隠しで言われた言葉に頷きながら、ふと目の前のツリーに気づく。ヒイロの頬に触れている指を顎へ移動し、そっと顔を上へ向けさせた。デュオの行為の意味に気づいたヒイロが笑みを浮かべ、そっと目を閉じる。
　触れた唇が・・・・熱かった。
「メリークリスマス、ヒイロ」
　囁いたデュオの青紫の瞳が潤んでいると知っていて、ヒイロは気づかないフリを装う。
　無言で先に歩き出したヒイロに従いながら、落ちてきた雪華に空を見上げた。灰色の空から生み出された、純白の妖精が降ってくる。
「雪か・・・寒いと思った」
　ぽかっと胸を叩かれ、慌てて視線を向ければ・・不機嫌そうなヒイロの顔。
「こんなに冷えるまで待つな」
「でも、会えたじゃん」
　にっこりと笑顔を添えて、唇を尖らせる可愛い恋人の肩を抱く。素直に身を任せるヒイロが、ぼそりと呟いた。
「俺の物なんだから、勝手に冷やすな」
　どんな顔で言ったのか、俯いていて見えない。
　でも―――
「ありがと、ヒイロ。今の言葉が最高のプレゼントだよ」
　赤くなった耳に囁いて、心の底に火を灯してくれたヒイロを引き寄せた。

　会えない筈の２人が、こうして一緒に温もりを与え合う。
　雪の演出といい、神様って奴を信じてもいいかもな・・・。
　　　不信心なデュオとヒイロに贈られた―――聖なる夜の、最高の奇跡。


　　　　　　　ＭＥＲＲＹ　ＣＨＲＩＳＴＭＡＳ

　　　　　　　　　　雅姫同盟　綾雅-AYAKA-＆秘姫-HIMEMI-　Presents

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　うふふふっ・・・「きっと君は来ない♪」と有名なクリスマス・ソングが流れた瞬間、脳裏に浮かんだ「待ちぼうけデュオ」を、形にしてみました。
　綾雅と秘姫からの、ささやかなクリスマス・プレゼントです♪
　皆様、気に行っていただけますでしょうか？？？　どきどき