W2×1　【MiyabihimeA】

　最初に聞こえたのは、建物の外で始まった銃撃戦の音だ。パンと風船を破裂させたような、軽い音が何発も響く。それが銃声だと気づいて、目の前の研究を中断した。
　薬は組織の収入の要になる―――奪われる訳にいかない。
　手早く研究器具を洗浄し、薬の入った瓶をかばんに詰め込んだ。黒い皮製のバッグは、往診する医者が持っている物と同じタイプだ。
　緑の瓶を１本、茶色い瓶を１本・・必要なのはこの２本だけ。
　振り返った先で、まだ使用していない瓶をいくつか見付けた。青い瓶と透明の瓶が転がっているのを手早く拾い上げ、中に近くの洗剤を入れる。少し迷ってから、同じバッグの中に突っ込んだ。
「教授、急いでください！」
　逃がす為に護衛についたエージェントの促しに頷いた時、２部屋向こうが爆発した。ラットを保管しているガラス張りのケースが並ぶ部屋・・・爆発する危険物は置いていない。そう気づいた瞬間、恐怖に体が凍りついた。
「早くッ！！」
　急かされて、ようやく足が動いた。大事に抱えたバッグを手に、慌ててエージェントの後を追う。
　廊下に出ると、右側から煙が視界を遮った。咄嗟に左側へ走り出したのは、本能だろう。煙を避けるように、明るい方へと向かう。
　はぁ、はっ・・・研究にかまけて運動しなかった体は悲鳴を上げるが、足を止める勇気はなかった。後ろは白い煙で覆われて、その向こうには敵がいるのだから。研究成果を奪い、この命を葬ろうとする”敵”が・・・・・。
「はい、お疲れさん」
　カチャ・・・乾いた音が響く。
「・・貴様、ここで何を」
「さてね」
　乾いた音を立てた男は、にやりと口元を歪めた。笑みと呼ぶには邪悪で、ひどく怖い表情だ。目を逸らしたいのに、逸らした瞬間に殺されそうで・・・・。
　ごくりと喉が鳴った。
　パンッ！　手を叩いた時に似た軽い音の直後、護衛をしていたエージェントが倒れる。音はひとつなのに、２人いた男達は床に倒れていた。
「・・・・・・ひっ・・」
　倒れたエージェントから流れ出した血が、自分の靴を濡らす。赤い血の色は命と同じで、目の前の体から流れる様はリアルで恐ろしかった。研究所でラットを殺すのとは違う。悲鳴は喉に張り付いて、声にならなかった。
　蛍光灯がパチパチと瞬いた。不吉な印象を運んできた青年は若い、おそらく未成年だろう。ブラウンの髪は後ろで結んでいるらしく、青紫の瞳はガラス玉のように冷たい。整った顔は、浮かべた表情の所為で酷薄な感じがした。
「何？　人を殺す薬品を研究してるくせに、死体は怖いんだ？」
　人並みな反応は滑稽だな。
　嘲る青年の言葉に、ガタガタ歯が鳴った。歯の根が合わなくて、震えが大袈裟なほど全身を支配する。心臓が締め付けられる気がして、ぎゅっとバッグを握った。
「・・・・おとなしく薬渡せば、許してやるぜ？」
　ごくりと喉を鳴らし、頷いていた。震えて言う事を利かない手を叱咤しながら、必死でバッグの留め金を外す。中から青と透明の瓶を取り出して差し出した。
「どっちが中和剤？」
　がちがち音を響かせながら床に置いた瓶に小首を傾げた青年に、青い方を指差す。そのまま彼の隣を這うようにして移動しようとした男は、教授という立派な肩書きに似合わぬ悲鳴を上げた。
「ひぃ・・・ッ！！」
「まだだ、動くな」
　目を細めた青年の声より早く、這っていた顔すれすれにナイフが突き刺さる。床の硬い素材を貫いたナイフの銀色の輝きに、退くことも出来なくなっていた。
「デュオさんっ」
「ご苦労さん、成功したみたいだ」
　先ほどまでの笑みとは違う、明るい印象の声が頭上で響く。自分が指差されていると知りながら、恐ろしくてバッグを必死に抱き締めた。
「この薬ですか？」
　駆け寄ったエージェントが拾い上げようとしたのを、デュオは手で制した。
「なぁ、アンタ・・・死にたくないんだろ？　だったらオレを謀るのは、賢い選択とは思えないな」
　しゃがんだのか、彼の黒い上着の裾が視界に入る。ごりっと硬い感触が後頭部に当たった。
　―――銃口？！
「スイーパーの死神を騙せると思ったんなら・・・・大きな間違いだ」
　声はひどく優しく鼓膜に届いた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　ああ、名称を隠した前半の書き方が楽しくて、つい調子に乗っている間に長くなっているぅ・・・。早くヒイロを目覚めさせなくちゃ♪　デュオの愛の接吻けで♪♪