W2×1　【MiyabihimeA】

　無言で肯定するトロワの姿に、レディは溜め息をついて調査書を手に取る。そこに記されているのは、最近の不審死の一覧データだったが、７本の赤いラインが引かれていた。
　ラインの前に丸印をつけられたのは、３人の男達だった。Ｌ１の『ライナス』に所属する連中で、最低でも６年以上は在籍している。
　表向きはもちろん別の肩書きを持っていたが、プリベンターもそのくらいの情報は以前から入手していた。中には１５年に及ぶ在籍期間を誇る重鎮も混じっていて、『ライナス』は犯人捜しに躍起になっている。
　当然の事態だった。
　裏で生きている組織は”舐められたら終わり”なのだ。自分たちの存在意義を自覚しているからこそ、他の組織の力を借りるなど邪道だし、何よりその程度の事件すら収められないようでは実力を疑われる。
　しかし手がかりらしい手がかりもなく、近いうちに懸賞金をかけての大騒ぎは目に見えていた。
　それに対し、残された４本の赤ラインはコンピュータソフト開発会社の重役をはじめとする、完全な民間人だ。４人と３人の間に関係はまったくなく、どういった経緯で狙われたのかも不明だった。
　ただ――――おそらく、犯人は同じだろう。
　一般公表は病死だが、実際はライフルでの狙撃による射殺。迷い込んだスラムでの強盗殺人に見せかけた、ナイフ傷からの出血多量死。一見は飛び降り自殺だと勘違いするが、ビルからの転落死・・・。
　手口はすべてバラバラで、一見共通点などないかに思われた。だが、明らかにこれは同一犯の反抗であり、その目的が分からないにしろ、次の事件に繋がる可能性は高い。
　数多い不審死の中で、この７件がトロワの注意を引いたのは、ほとんど偶然だった。最初は『ライナス』の責任者クラスの”突然の病死”に引っ掛かった。
　少し調べれば、ライフルでの狙撃などという派手な手段はすぐに判明する。ただの組織同士の抗争だと思ったが、その考えは早くに捨てさせられた。
　何も物的証拠が残っていない。
　狙撃地点さえもはっきりせず、使われたライフル弾も容易に入手可能なタイプだった。にもかかわらず、その腕は超一流らしい―――注意を引かれない方がおかしい状況だ。
　前後して殺された奴らを調べているうちに、スラムの路上殺人が目に付いた。強盗殺人だと断定された事件は、同じように証拠が残されていない。
　ナイフの傷跡の思い切りの良さが気にかかった。最初から殺すつもりがあるならともかく、強盗の場合は殺さずに奪おうとする奴が多い。
　死体の処理を考えるから、と言うのが建前だが・・本音では”縄張りの主に睨まれたくない”のだ。
　殺さずに脅して奪うのが主流な時代に、すべての傷が致命傷になりそうな深さできりつけられているのは珍しかった。それもすべての傷が、だ。殺すつもりだったと考えるのが妥当だろう。
　もっと珍しいのは”縄張り”の管理には煩いくらいの連中が、この殺人については”知らぬ存ぜぬ”で片付けている事だった。
　通常あり得ないのだ。
　裏ですら情報の欠片も拾えないなど、ただの通りすがりの強盗殺人の筈がなかった。
　――――これはプロの仕事だ。
「さらに事件が起きる可能性が・・８０％以上か」
　レディ・アンの呟きに、トロワと五飛は視線を合わせる。まるで申し合わせたように、レディは顔を上げると２人を正面から見据えた。
「引き続きの調査を命じる。これは確かに異常な事態だ。もしかすると、どこかの組織が動き出しているかも知れん。用心して動け」
　頷く２人が部屋を後にするのを見送り、レディは盛大な溜め息をついた。椅子から立ち上がると、すぐ後ろの陽光を遮るブラインドに手をかける。
　ブラインドが掛かった窓の外では、一般市民が何も知らずに生きている。その平和な生活を守るのが、プリベンターの仕事だと理解していても・・・時々思うのだ。
　”本当に人類は平和を望んでいるのか？”と。
　一向に失くならない争い。
　人類は戦う生き物だ。戦うことで進化してきた我々が、戦争のない平和な世の中など作れるのだろうか。
　すべてが戯言で、本当は戦争がなくてはい後の重さすら知る事が出来ない”神の失敗作”なのではないか？　だとしたら、何の為に足掻いているのか。こんな努力は必要か？
　大半の人間は戦争を嫌う。なのに戦いが起きるのは、結局止めようとする意志が薄弱だからだ。多数決で動く筈の民主主義でさえ、戦争が起これば巻き込まれてきた。歴史がすべてを語る不条理さは、どうにもならない・・・。
　本当に戦争を失くせるのか！
　ふぅ、ついた溜め息の重さに気分も沈んだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....