W2×1　【MiyabihimeA】

　デュオが自分の為に狂ったと知ったら、ヒイロはどうするだろうか。
　目を開ければ、そこにはミカエルの落としたカップが転がっていた。ゆっくりと染み込む紅茶は、絨毯に決して消えないシミを生み出す。
　ぼんやりとそれを見ながら、レイルは癖になっている仕草で短い赤毛をくしゃくしゃと掻き上げた。
　デュオが狂っても、ヒイロは奴のそばに居たいと願うのか。
　２人の絆を知っていれば、どうしても考えてしまう。どこまで耐えられるのか、それとも・・・あの２人の間にあるつながりは案外に弱いのではないか？
　壊れるなら、壊れてしまえばいい。
　理屈ではそうなるけれど、この状態のデュオがどんな行動に出るか。それを思うと、迂闊に無責任な言葉を吐けない。
　どちらにしろ、自分は結果を見てから動くしかないのだ。当事者でない以上、他には手の打ちようがなかった。
　――――さて。
「俺は・・デュオに何をしてやれるのかな・・」


◆◇◆
　ターゲットを照準の中に捕らえる。
　メガネをかけた白衣の男は、胸ポケットに入れていたIDカードを引っ張り出したところだった。
　特殊心理・脳神経研究所。名称だけは立派だが、中はたいした施設ではない。『ライナス』の出先機関のひとつであり、エージェント教育を受ける候補生の訓練所でしかなかった。
　少しハゲ始めた頭に十字を合わせ、デュオはゆっくりとトリガーに指をかける。
　ヒイロへの投薬を専門に扱ったこの男は、その後ヒイロを超Ａ級エージェントに押し上げた功績で、この研究所の所長に成り上がっていた。
　そんなこと、許せる訳がない。
　ヒイロの成長が１５歳で止まっているのは、明らかに過剰な投薬による悪影響だった。自白財などの様々な薬品への耐性をつけるだけなら、成長を阻害するほど強い薬を使う必要はない。
　デュオ自身、訓練時代はかなり投薬されているが、体に後遺症が残るような物は使われなかった。
　オペレーション・メテオに生き残ることを前提としたデュオと、帰って来ないと考えられていたヒイロでは、確かに組織の対応も違うだろう。だが『ライナス』が指示した以上に強い薬を、ヒイロの体で人体実験したいのは、レイルの調べではっきりしていた。
　彼はヒイロをモルモットとして扱ったのだ。組織が命じる以上の苦痛をヒイロに与え、あまつさえその功績で出世するなど・・・吐き気がする。
　成長しない体を、ヒイロがどれだけ疎（うと）んでいるか。知っていれば、なおのこと憎しみは募る。
　この男さえ存在しなければ、ヒイロは通常の投薬だけで済み、その成長が止まることはなかった。『ライナス』が指示した投薬リストが手元にある。そして、実際に投薬された薬品の量と種類も・・・。
　ヒイロが生き残れたのが不思議なほどだった。あんなに強い薬への耐性など、考えるだけでも恐ろしい。
　オレが知らない過去に、ヒイロを殺しかけたことすらあったと思うだけで・・・この男は絶対に許せなかった。
　何度殺しても、飽き足らない。
　トリガーの指に力をこめる。
「１発で楽にしてやるなんて、もったいないな」
　呟いた先で、乾いた唇をぺろりと舐めて濡らした。
　ＩＤカードを差し込んだ端末に、男はテンキーで暗証番号を打ち込んでいる最中だ。中に入られると、忍び込む手間がかかる。この程度のやからに、そんな手間をかけてやるだけの価値はなかった。
「地獄に落ちろ」
　唇だけで紡いだセリフが終わる瞬間、引き絞ったトリガーがバネの反動で戻った。
　銃声はない。サイレンサーのお陰で、響いた鈍い音は護衛をしている連中の元まで届かないのだ。
　銃口をさげ、スコープだけで倒れる男を確認した。外してないのはわかっているから、自然と口元に笑みが浮かんでいる。
　ライフルを３つにばらすと、ライフル銃を形取ったクッション材が詰め込まれたトランクへ、デュオは丁寧にしまい込んだ。代わりにポケットから取り出した紙を広げ、しばらく見つめる。
　紙に横書きされているのは数人の名前と主な居場所で、すでに上の２人には赤いペンで棒線が引かれていた。右手で取り出したペンのキャップを口に咥え、デュオは赤で３人目にも赤線を引いていく。キャップをはめたペンをしまいながら、満足そうに笑った。
「後、２人・・・」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....