W2×1　【MiyabihimeA】

「情報が揃い次第、連絡すればいいか？」
「ああ、頼んだぜ」
　笑顔を浮かべたデュオは、あっさりと通信をオフにした。切られた画面のノイズを眺めながら、レイルは眉間をきつく押さえつける。
「・・・デュオさん、最近変ですよね」
　後ろから差し出されたカップを受け取ったレイルは、声をかけてきた恋人のミカエルを振り返った。栗毛より少し明るい前髪が目元までも覆っている。
　特別な美人ではないけれど、どこか天使のように人間離れした魅力がある存在だった。
「ヒイロが絡めばあんなもんだろ・・」
　カップに口をつけ、慣れない香りに顔を顰める。それに気づいたミカエルは、苦笑しながら説明した。
「いつもの葉が切れているので、別の紅茶を開けたんです。少し甘みがある種類ですけど・・嫌いですか？」
　特に好き嫌いに言及せず、レイルは再びクチをつけてカップを膝の上で抱える。両手で包み込んだカップを弄びながら見つめ、見返るが座るのを待った。
「”死神デュオ”の残酷さが表に出てる所為で、冷たく感じるんじゃねぇのか」
「そうかも知れませんけど、僕が知っているデュオさんと違う気がして。雰囲気って言うんですか・・・、”死神”の時ともまた別の感じで・・なんて説明すればいいのか分からないんですけど。とにかく、別人みたいで・・・少し恐い・・のかな」
　明確な例えを思いつけなかったらしい。ミカエルは言葉を迷いながら、何とか違いを伝えようと苦戦していた。
「恐い、か―――確かにそうかもな」
　それはレイルも感じていることだった。確かに、今までもデュオを恐いと思った事はある。だが、こんな正体の分からない恐怖を感じたことはなかったのに・・・・。
　煙草を求めてポケットを探り、すぐにミカエルが居ることを思い出して止めた。麻薬効果のある煙草だから、まだ少年である恋人の前では吸わないのだ。心配させたくないし、何より彼の健康が心配だった。
　習慣づいたりすれば、いくら後悔しても足りない。
　ただ考え事をする時の癖で、つい煙草を探ってしまうのだ。これはミカエルに出会う前からの習慣だから、しょうがなかった。
「・・・僕の御祖母様に似てる」
　ぽつりと呟き、ミカエルは何かに気づいたように顔を上げた。カップを取り落として、レイルの腕にしがみ付く。
「そうだよ、あんな雰囲気だった！　御祖母様が狂ってしまわれた時、僕は同じ恐さを感じた。でも、違うよね？　デュオさんは違う、そうだよね？」
　必死に言い募るミカエルを抱きとめ、しかしレイルは思い当たる節に俯いていた。全身が瘧のように震え始め、噛み締めた唇から血が滲む。
打ちのめされた意識は愕然とし、何かを考える気力など残されていなかった。恐怖と名づけられた得体の知らない感情が、体中を駆け巡っていた。
　確かに・・・アイツは狂っているかも知れない。
　ヒイロに近づく人間をすべて殺す。それは正常な人間の思考範囲を外れてやしないか？
　独占欲やヒイロを大切にする気持ちの延長だと理解してきたつもりだが、もしかしたらおれの理解した内容自体が間違っていた。
　今はまだいい。あのくらいなら、引き返せる地点にいると考えてもいいだろう。
　だが・・・独占欲は強くなるのが常だ。
　ヒイロを傷つけたり、彼に近寄る人間を狙っているうちはともかく、その範囲は次第に大きくなっていきている。
　実際、今回のターゲットで証明されていた。
　ヒイロ・ユイの訓練時代を知り、彼の実力も限界も知り尽くしている人間。自分から彼を引き離そうとする存在。
　デュオのターゲットの範囲は、確実に拡大されてきている。以前の奴なら、直悦の危害を加えられない限り、こんな物騒な手段を考えなかった筈だ。
　”死神”と普段のデュオの間にある落差に気をとられ、おれは一番大切なことを見落としていたのか？！
　生きる為に幾つもの人格を演じ、自分のイメージを思うままに作り上げる事さえ可能なデュオなら、おれやヒイロを誤魔化すくらいは、出来るかも知れないな。
　それが無意識なら、なおさらのこと。
「・・・レイル」
　腕にしがみつく力は強く、震えるミカエルの姿を目にすれば、レイルはいったんこの考えに終止符を打たざるを得なかった。昔ならともかく、今のレイルにとって一番大事な存在はミカエルなのだ。
「大丈夫。きっとデュオの奴も少し機嫌が悪いだけで、すぐに元通りになるさ」
　気休めだと思っても、彼を安心させる方が先だった。不安に震える恋人の長い前髪を書き上げ、白い額に接吻る。
「そう、だよね・・・。デュオさんは強いから」
　誤魔化されてくれた恋人を抱き起こし、レイルはわざと軽くミカエルをドアの方へ押しやった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....