W2×1　【MiyabihimeA】

　そう、戦争は終わったのだ。もう闘う必要はない。この任務は終わったんだ・・・。
　戻れば１年の休暇を、その後次の任務を受けてまた動くことになる。専属エージェントとして育てられたからには、戻らない訳にいかなかった。
　手の中のプラチナ・カードを見つめる。もっとも信頼がおける、地球のある銀行の特殊カードだった。
　贅沢さえしなければ、一生働かずに食べていけるだけの金額が入っている―――これが超一流エージェント、デュオ・マックスウェルに対する『スイーパー』からの命の対価だ。
　このカードが、他のパイロットとオレの間を明確に分ける壁だった。
　”オペレーション・メテオ”に参加することで、金を受け取ったのは、オレくらいなもんだろう。
　あの日、ガンダムに乗り込む直前に渡されたカードは、今日その効力を持った。凍結されていたカードは、金銭を引き出す為の認証コードを、やっと受け付けるようになったのだ。
　最初は金がすべてだと思ってた。生きて行くだけでも金がかかるし、誰にも頭を下げずに生きていけると信じていた。
　どちらも過去形なのは、ヒイロに出会ったからだ。彼のあの鮮烈な戦いを目にすれば、金がいかに価値のないものか、よくわかる。
「金、か―――ホ～ント！　こんなん、何の役にも立たないよな」
　ピンと弾いて、半重力の空中を舞ったカードが落ちてくるのを、やすやすと受け止めた。たいして興味も持てなくなったプラチナ・カードは、きっと何の役にも立たないだろう。
　オレが欲しいのは、ヒイロ・ユイ。それ以外の何も欲しくなかった。だが、彼を金なんかで繋ぎ止めるのは不可能・・・そんなのは最初っからわかっている。
　金で繋ぎ止められる程度の・・・そんな安っぽい奴じゃなかった。
　そうでなければ、オレが惚れた意味がない。
　ふぅ。
　溜め息が重く、デュオは再び手の中でカードを弄んだ。寄りかかったガラスの向こうは、冷たく暗い宇宙が美しく反射している。
　空気もなく、音も伝わらない。その絶対零度の冷たさを誇る、人間を受け付けない残酷な美しさを、デュオは好きだった。
　誰も受け入れないのに、その美しさは誰でも惹きつける。引力をもっているかのような魅力は、まるで・・・ヒイロみたいだ。
　カードを胸ポケットにしまい、デュオは肩から滑り落ちる三つ編みを後ろに放った。姿勢の悪さから落ちてくる髪を放るのは、デュオの癖のようなものだ。
　このまま、こうしていてもしょうがない。溜め息を混ぜたと息の後、ゆっくりとデュオは身を起こした。
　―――――っ！！
　ふいっと踵を返した先に目をやった瞬間、呼吸が止まるかと思った。背後の宇宙より、ずっと魅力的な深い蒼の瞳に、デュオは魂さえ奪われる錯覚に陥る。
「ヒ・・イロ・・・」
　つぶやけば、もう何も声にならなかった。正面から見つめてしまったヒイロの瞳は、魔力のようにデュオの心を支配してしまう。
　逃げられない。
　同時に、逃げたくないと思わせる。それだけ惹かれているのだ、あの蒼い瞳に。
「デュオ・・・・これから、どうするんだ？」
　即決タイプのヒイロには珍しく、声に躊躇いがあった。何かを迷うような響き・・・。
　ついさっきだった。レディ・アンから呼び出され、２人はプリベンターを解雇された。
　”今までご苦労だった。君達がこれからどうするかは自由だ。五飛とトロワは残ると決めたようだが・・・君達２人は組織からの帰還要請も来ている。後は自分達の意思で決めてくれ”
　そうだ、２人にはそれぞれの組織から帰還命令が送られてきていた。ヒイロにはＬ１の地下組織『ライナス』から、デュオはＬ２最大の組織『スイーパー』から。
　オペレーション・メテオのために育てられたヒイロは、当初生きて帰ると思われていなかった。だが生きて帰った以上、これ程優秀な人材を手放せない―――それが組織の考えのようだ。
　しつこいほどの帰還要請に、ヒイロが悩んでいたのはデュオも知っている。
　一方、デュオの事情はヒイロと相反していた。
　彼は『スイーパー』の切り札として、最初から戻ることを前提に育てられたエージェントだった。その類稀な能力は、１５歳の時点で完全に使い切った訳でなく、また成長過程にある。組織の計算では、１８歳でデュオの能力はピークになるのだ。
　だからこそ１７歳になった今、組織はなんとしてもデュオを連れ戻そうと考えていた。
　オペレーション・メテオに参加したのさえ、訓練の一環に過ぎなかったのだ。組織の考えは当然だろう。デュオもこの作戦に参加しなければ・・・いや、ヒイロに会わなければ、素直に組織へ戻った筈だった。
　育ててくれた組織への恩は感じている。
　だが、デュオはヒイロに出会ってしまった。今さら知らなかった頃には戻れないのだ。
「これから・・・か。ヒイロは決めたのか？」
　さらりと口にして、でも心の中では怯えていた。
　ヒイロの決断を変える程の、そんな影響力は自分にない。もし、ヒイロが組織へ戻ることを決めていたら・・・オレはどうしたらいい？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....