W2×1　【MiyabihimeA】

　自分の中に感情の嵐を見つけ出し、それが激情になって心を荒らし尽くして、支配するまでにたいした時間はかからなかった。”愛情”を手に入れて、そこから様々な欲や感情を覚えていく。
　支配欲、独占欲、自己顕示欲、愛されたいと願い・・・幸せを願う。悲しみも苦しみも、嫉妬も・・・・。そして暗い感情だけでなく、楽しみや喜び、笑顔なども手に入れた。感情に許容量などないらしく、どんどんと新しい感情が心の隙間を埋めていく。
　デュオを想うだけで、どうしようもなく胸が高ぶり温かくなるのだ。想われる幸せはさらに勝り、告白され抱きしめられてキスを受けるたびに、その気持ちは膨れ上がった。
　微笑んだデュオの、指先がそっと唇をなぞる。ヒイロは目を閉じて、ただその指先の優しさだけを受け止めていた。もうすぐ、そうデュオの唇と代わる・・・。
「愛してる、ヒイロ・・・誰よりも」
　１日に何度も告げられる告白。失くしてしまったと思っていた感情を、少しずつ揺り動かすデュオの言葉に、ヒイロは自分から唇を合わせた。
　触れる唇の厚さに、吐息が混じって溶けていく。
　ヒイロの長い睫を見ながら、デュオは細めた目をさらに伏せた。
　―――キレイな恋人。
　オレなんかにはもったいないくらいの、ホントに心も躯も綺麗な存在だ。誰にも見せたくないし、この声も聞かせたくない。その瞳にはオレ以外の存在を映して欲しくなんかない。
　そんな平和な生活が続けばいいと思う傍ら、組織は着実に追い詰めてくる。荒らされる生活は日常であり、組織が求めるのはオレ達のエージェント能力だった。
　もう引き裂かれるつもりはない。オレ達は欠けたピースの半分を見つけてしまった。離れられる筈がないのだ。
　常に繰り返される引越しは、彼らの目をくらますためだった。そして、来月の引越しがラストになる。
　最大の目的は・・・『組織』から逃げる事。
　奴らの追跡の目を誤魔化し、なんとしても普通の平凡な生活を手に入れたかった。その為にカトルの協力を頼んで、２人はこのニューヨークで死ぬことになっている。
　もちろん本当に死ぬ訳ではなく、あくまでも偽装なのだが、２人の死体が事故現場で発見され、派手な葬儀も執り行われるだろう。
　オレ達は―――やっと自由になれる！
　まだヒイロには告げていないが、次の引越しが終わり次第、すぐに教えるつもりだった。これから２人、誰にも終われずに生きて行くのだ。
　戦って、闘って、ようやく１人の人間として愛する人と暮らす事ができる。他の人間が唆（そそのか）すような、政治や権力への妄執などオレには必要なかった。
　ガンダムのパイロット。
　誰もがその称号に目の色を変えて羨む。権力もかねも地位も、確かに望むまま手に入れるかも知れない。
　コロニーを救った英雄。
　時代の救世主。
　だが、オレはヒイロ以外は欲しくない。余計な肩書きを手に入れても、その所為でヒイロを傷つけたりするのであれば、権力などゴミより性質が悪かった。
　金も能力も足りないと思ったことはないし、たくさんありすぎれば逆に邪魔になる。足を引っ張る輩をおびき寄せる餌は、できるだけ持たないに越した事はなかった。
　『スイーパー』に戻る気もさらさらない。エージェントとしての能力など、もうヒイロを守る以外に必要ないのだ。それを仕事にする気もないし、組織に組み込まれるのは、いまさら御免だった。
　ヒイロと引き離されるとわかっていて、誰があんな組織に戻りたがるか。いいように使われて、最後は捨てられる運命が待っているのは、オレ達は理解っているのだ。自分の手を汚さず、他人の手で仕事をしようなどと、そのような輩に付き合っているほど、人生は長くなかった。
　ヒイロとの時間は、いくらあっても足りない。
　触れ合った唇が、名残惜しげに離れる。
「デュオ・・・？」
　何かを不安がっているのか。ヒイロのそんな問いかけに、デュオは誤魔化す訳でもなく、微笑を浮かべてヒイロを抱き締めた。
「ヒイロを愛してる、何があっても・・・これだけは本当だぜ」
　嫌な予感がする。それはヒイロの中の警告だったのだろうが、彼は自分でそれを打ち消した。
　最上の告白を受け、ヒイロは抱き締めてくれるデュオの温もりに吐息を漏らす。
　いつのまにか、ついていた身長差。１９５年には同じだった身長も、今では１０ｃｍ近くも差が開いてしまった。
　１５歳で成長が止まったヒイロと、欧米人の特徴のままに育ったデュオ。その差は広がることはあっても、狭まることはないだろう。
　使い捨てパイロットの筈だったヒイロは、無理な投薬を受けてきた。その後遺症だろうが、今になって成長は止まり、その体は時間から取り残されていく。
　抱き締めた腕の中の黒髪に接吻け、デュオは腕にさらに力を込めた。
　見上げる位置にあるデュオの瞳が優しくて、ヒイロはほっとする。まるで確認するように、何度も何度も・・・ヒイロは不安を打ち消すのだ。
　温かい腕の感触と、抱きとめてくれる笑顔。どちらもデュオが俺にしか見せない表情だった。他の人間への冷酷さを知っているからこそ、俺はデュオに愛されていると感じられる。
　なのに、ぼんやりとした予感は・・・デュオの腕の中でも、完全に消すことは出来なかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....