W2×1　【MiyabihimeA】

『オレがヒイロを残して死ぬわけないだろ？』
『大丈夫、おまえを1人にしない』
　約束を守ってくれるのだろう？
　こいつは死の淵から戻ってきた――――俺の為に。
『おまえを泣かせることはしない』
「早くしろ、泣くぞ」
　きっとあいつは苦笑するだろう。そして抱き締めてくれる。額に接吻けて、それから頬に、最後に唇へ。
『もう誰も愛せない、ヒイロだけだ』
『ヒイロ以外は誰も要らないくらい・・・大切だよ』
　もう一度、同じ言葉が欲しい。素直に強請ったなら、デュオはどんな表情をするんだろう？
『ねぇ。もしも・・・オレが死んだら、後を追ってくれる？』
「・・後なんて、追ってやらない」
　これが4年前の答えだ。悔しければ、文句を言ってみろ。起き上がって、抗議しろ。第一、追いかけるのはお前の十八番だった筈だ。そうやって逃げても、俺は追いかけてやらないぞ。
『愛してる、ヒイロ』
　また聞きたいんだ。
　お前の声で、お前の言葉を。耳元で、ベッドの中で、優しく囁いて欲しい。確かにお前が生きていると、この肌で感じたいんだ。贅沢な願いじゃない、お前はきっと叶えてくれる。
　そして、
「俺の名を呼んで・・」
「・・ぃロ・・」
　微かな、きっと誰にも聞こえないくらい・・小さくて、小さな響きだ。それでも聞こえた。確かに今、デュオの声が俺の名を―――呼んだ。
「起きろ、デュオ！」
　平和で、退屈なくらい普通の生活の臭いが染みついた言葉で、優しく繰り返す。あの日もこうやって起こした。朝日のまぶしい部屋で、あいつは俺の声で目覚めたのだから。
　長い睫毛が揺れた。細い息が漏れ・・・目覚める？！
　波のゆったりした曲線が、ピッと跳ねた。確かに覚醒が近い。
　ゆっくりと動く瞼の下の瞳が、早く見たくて。待ちきれない。早く、早く、あの夜明け色を湛えた青紫の瞳に、俺を映して欲しい。
　2度瞬き、デュオが視線を巡らせた。
　視線が絡み合う―――――呼吸が止まるかと思うほどの衝撃が、ヒイロの胸を駆け抜ける。
「デュオ」
　微笑んだ。
　デュオの長い指が、俺の頬へ伸ばされ触れる。
「・・サンキュ、ヒイロ」
　まだ掠れた声で、デュオの唇が俺の名を呼んだ。ぶわっとあふれる感情が、涙の形を取ってつた。困ったようなデュオの表情に、感極まって抱きついた。
　唇で唇を探り、深く重ねて貪る。目の前にいるのがデュオだと確認するために、ヒイロは必死で腕に力を込めた。
「ちゃんと、聞こえたから・・・」
　力の入らない腕にヒイロを閉じ込めて、デュオは囁いた。また涙が零れて、間近なデュオの表情すら見えない。
「愛してる、ヒイロ」
　一番聞きたかった言葉に、安心したヒイロは意識を手放す。
　　もう、大丈夫。
　　デュオは戻ってきたから・・・。
「約束・・破るわけに、いかないもんな」
　髪に触れる指先の温もりが、静かにヒイロに染み込んでいく。ほっとできる空気を感じて、ヒイロは深い息を吐き出した。
　全身で信頼をみせる恋人に、デュオは流れる涙を見せることはなかった。だがゆっくりと枕に染みを作り、吸い込まれていく。

　誰にだって、頑張ったご褒美は与えられるものだから
　絶望するのは、まだ早いよ。
　あんなに一生懸命なんだもの、
　奪っちゃ可哀想だよね？

　　奇跡は、女神の気まぐれ。
　　―――彼女を引き寄せる方程式は、
　　　　　　他愛ない約束がひとつ、ふたつ。

　2人の最高の奇跡は・・、お互いに出逢えたこと。
　　　　だから、『1人にはしない、で』――――――。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　 END....