W2×1　【MiyabihimeA】

「よう、五飛。おまえもお茶飲んでくか？」
　のんびりした問いかけに眉を顰めた黒髪の美人は、デュオを無視してヒイロに歩み寄った。そのままヒイロの右手を取り、苛立たしげに舌打ちする。
「また血を与えたのか」
　確信している言葉は、疑問の形すら取らない。そんな五飛の手を振り解くと、ヒイロはうっすらと笑みを浮かべた。
「俺の自由だ」
「一族間の契約に反する」
　言い切った五飛が金髪の青年に向き直った。腰に佩いていた青龍刀を抜くと、半月形の刃を彼に向ける。デュオは溜め息をついただけで、皿から取り上げたクッキーを口に運んだ。
「きゃぁああぁ！！」
　ひゅっと動いた刃は、そのまま金髪の頭を胴体と切り離す筈だった。その軌道は、無造作に差し出されたデュオの手に阻まれる。先ほどまで座っていた筈の青年は、背の三つ編みを揺らして刃の先を指で受け止めていた。
「デュオっ！」
「・・・・レディの前で失礼だぜ。それに、ヒイロが望んでない」
　青紫の瞳を物騒に眇め、言下に捨てた。立ち上がって乗り出した身を、どさっとソファに再び落ち着ける。
「五飛、落ち着け」
　命令に近いヒイロの言葉に従い、五飛は渋々といった態度を崩そうとせずに腰を下ろした。背後に従うトロワも苦笑して隣に座る。最初からデュオが止めるのを予想していたらしい。
　長方形のテーブルを挟んで、各種族のVIPが揃っていた。こんな光景はそうそう見れるものでもなく、リリーナは先ほどの悲鳴を恥じるように俯いている。
　このトラブルの原因が自分の能力にあると、彼女は自覚していた。
「ごめんなさい」
　小さな謝罪に、五飛は軽く目を瞠る。しかし鷹揚に頷いただけで、言葉は発しなかった。
「すみません。リリーナさんの能力が満ちるのが早くて、僕達も焦ってしまったんです」
　けろっと嘘を吐くカトルに、デュオとヒイロは顔を見合わせて笑う。ついでに悪戯を仕掛けたことなど忘れたような彼の態度は、逆に好感が持てた。憎めない、なんとなく許せてしまう。
「ヒイロの命に係わることだ」
　連絡くらい寄越せと吐き捨てた五飛の怒りは当然で、それは吸血鬼唯一の純血種を守ってきた彼の存在意義すら揺るがしかねない出来事なのだ。ヒイロを失えば取り返しはつかない。たとえリリーナを殺しても、ヒイロを守るのが五飛の立場だった。
「一族間の契約って？」
　デュオの促しに、五飛は淡々とした口調で語りだした。
　リリーナに必要な純血種の血は、ヒイロだけが与えられる。だが彼は一族の長であり象徴だ。そんなヒイロの命を脅かす血の供給に、吸血鬼は反対だったが、当時自分の命に執着のなかったヒイロは、あっさりとカトルに承諾を伝えてしまい、その後、一族間で協定が結ばれた。
　血を与えるのは、決められた期間と量に従うこと。
　緊急に必要な場合は吸血鬼の長老会へ連絡を寄越す。
　その代償としてカトルとドロシーの一族は、吸血鬼を保護する義務を負う、など。
　さまざまな制約の中で繰り返されてきた血の供給だったが、今回はリリーナの力が一時的に強まったことで、焦ったドロシー達により手順を無視されてしまったのだ。怒った長老会が五飛を遣わしたのは、至極当然の成り行きだった。
「なるほどねぇ」
　くくっと喉の奥で笑ったデュオは、じっと見上げてくる蒼い瞳に表情を和らげた。守るべき一族もないデュオには滑稽に思える協定だが、ことが恋人に及ぶとあっては無視も出来ない。
「じゃ、暴走したドロシーとカトルに何か要求すればいい」
　言いながら、指がシャツの胸元をはだけていく。女性の前で・・・と思わなくもないが、寄りかかっているヒイロの体温が低い方が気になっていた。
　ぎゅっと抱き寄せると、一度だけ唇を重ねる。目を見開いた恋人に微笑んで、首筋を晒す。
　嫌々をするように首を横に振ったヒイロの所作は、普段より物憂げだった。貧血が辛いのだろうに、決して唇を押し当てようとしない。死にかけたデュオの体調を心配してのことだろう。
「ヒイロ」
　名を呼んで促しても血を得ようとしない恋人の頑なな態度に、デュオはちらりと視線を五飛に送った。なんとなく状況を察した五飛が無言で青龍刀の刃を差し出すと、受け取ったデュオは無造作に手首を切り裂く。
「きゃぁあ・・」
「平気だ。すぐに塞がる」
「でもっ・・」
「いいから！　必要なんだ」
　騒いだリリーナを安心させる言葉を吐きながら、傷から吸い上げた鮮血を口移しでヒイロに与えた。迷いながら受け取ったヒイロは、離れた唇の赤い色に泣きそうな表情で目を伏せる。
　血を得るのは生きる術なのに、初めて罪悪感を覚えた。
　すでに塞がり始めた傷をシャツの袖で隠し、ヒイロを抱き寄せる。人間の血と違い、不老不死の民であるデュオの血液が吸血鬼に与える効果は桁違いだった。すぐに頬が染まり、体温が戻り始める。
「・・・気にするなよ」
　囁いても俯いているヒイロ。シンと静まってしまった場で、カトルは紅茶のポットを手にした。
「お茶、新しく入れなおしますね。五飛は中国茶でしょう？　トロワも同じでいいですか？」
　すでに顔見知りの2人に好みを確認し、彼は明るく振舞いながら場の緊張を解いていく。目の前で見た血に顔色を変えていたリリーナも落ち着き、ドロシーは安心したように抱き締めていた腕を解いた。
「悪いけど、オレとヒイロはいいや」
　目配せで意味を察したのか。カトルは優雅な仕草で了承の頷きを返す。恋人の細い体を抱き上げると、デュオは女性陣に会釈して部屋を後にした。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ふふふっ。
　この後はデュオの手厚いケア次第ねぇ～♪