W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・ちっ」
　デュオの舌打ちが、サラの悲鳴に重なる。
　銃弾はまっすぐに彼女へ向かっていた。だが弾丸は直前で、サラを庇って飛び出したシュレンの左胸に吸い込まれたのだ。
　亜麻色の髪が宙に舞って、取り縋るサラの腕の中でシュレンは床に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返す。
　傷ついた男を抱えたまま、床に座り込んで半狂乱になった彼女の上に、人影がかかった。
「飛び出して主人を守るって？　オレには到底出来ないね。この女のどこにそんな価値がある？！」
　邪魔され苛立ったデュオの荒々しいセリフに、シュレンは必死で声を絞り出す。デュオになど伝える必要も義務もないけれど、その屈辱的な誤解は晴らしておきたかった。
　自分の為に・・そして、可哀想なサラの為にも。
「この女性は、僕の―――最愛の・・人、です。あな・・・・たには、そ・・なこと、言・・えない―――違い・・・、ま・・・か？」
　驚愕に見開いたデュオから目を逸らし、シュレンはサラを探す。実際には目の前にいるのに、もう見えていないのだろう。指先が何かを求めて動き、それを彼女が優しく包み込んだ。
「いや、アーヴィン、もう・・置いていかないで・・・・どうしてこんな・・・」
　彼女の涙が、シュレンの手に伝い落ちる。
「サ・・ラ様、っ・・・・、シュ・・・ンと」
　これが最期の一言。彼の体が魂を失って、ぐったりとサラの腕で弛緩する。
　≪自分の名を呼んで欲しい≫
　―――きっと、彼の望んだことだろう。
　最期まで――アーヴィンの影から逃れられず、愛する女性を手に入れることすら叶わず・・彼はその短い人生で何を得たのか。
　死んでさえ、シュレンはサラの中に存在を残せなかった。結局はアーヴィンの身代わりでしかなく、それを知りながら彼女を愛した男は―――報われない。
　いや、愛する人を守って死ねたらな・・・シュレンは幸せだった筈だ。少なくとも、不幸だとは思わなかっただろう。


　完全に悪役を演じてしまうつもりだったデュオもさすがに何も出来ず、目の前で泣き崩れる女性を見つめるだけだった。
　サラにとっては、生きている現在は不幸なだけだから、オレを憎むだけの人生から開放するのが、彼女にとって幸せなんだろうと考えた。
　自分は、ヒイロがいるから―――サラの復讐の為に死んでやれない。なら、彼女を殺してやるのがせめてもの思いやりであり、オレなりの贖罪だと判断したのだ。
　だが、実行する前にサラはまた重荷を背負ってしまった。お互いに、もう後へ引けない。
　復讐の炎に焼き尽くされて、彼女はオレを憎み続けるだろう。
　どちらにしろ、今日はもう―――――。

　シュレンが命尽きる瞬間も、サラが泣き崩れる今も、ヒイロはただデュオを見ていた。
　また傷ついているだろうデュオの心が痛く、自分にもその悲鳴が伝わってくる。
「・・・ヒイロ」
　疲れたように寄りかかってくるデュオを抱きとめて、ヒイロはサラの出方を窺った。
　彼女がこのまま自分達を帰してくれる筈はない。
「許さないわ、デュオ・マックスウェル！！」
　叫んだサラの手には、先ほどの銃が鈍く光っていた。薄暗い照明を反射して、銃口はデュオの背中を狙う。
「待ってくれ！」
　気配を感じているのに迎撃しようとしないデュオを庇って、ヒイロはつい大声を張り上げていた。腕の中で、デュオはじっと何も言おうとしない。何もしようとしなかった。
　だからこそ、俺が動くのだ。これはデュオの過去に係わりのないことで、デュオを愛しているヒイロの領分だった。
　誰にも譲れない、自分の気持ちの問題。
「俺から、デュオを奪わないで欲しい。お前にアーヴィンが必要だったのと同じ、俺にはコイツが必要なんだ。どんな酷い男でも」
　デュオが埋めていた顔を挙げ、ヒイロの顔を凝視していた。しかし、ヒイロはそんなことにも気づかないで、必死にサラへ対峙する。
「・・頼むから」
「私も懇願したわ・・やめてって、何度も・・・叫んで。でも、彼は殺されてしまった・・」
　銃口が下ろされる気配を感じて、デュオは静かにサラに向き直った。ヒイロの温もりに支えられて、デュオはやっと5年前の事実に向かい合う。
「オレは生きるのに必死だった。ただ・・・それだけだったんだ」
　再び涙を零し、サラはシュレンの遺体の前で跪く。
　冷たくなった頬に触れ、その指が辿った場所にキスを軽く贈った。シュレンの固く冷たい頬は、薄く笑みさえ浮かべている気がする。もちろん、そう見えるだけなのだろう。
「もう、行って。また会う日もあるでしょうけど・・・今日はもう、誰も側にいて欲しくないの」
　切ない表情で泣き続ける女性を、ヒイロもデュオも言葉なく見つめた。
　ゆっくりと踵を返し、デュオはヒイロを抱き締めて歩き出す。忌まわしい記憶が残るだけの建物を後に、一度もデュオは振り返らなかった。
　無表情を必死に保つデュオが、実は心の中で泣いているのだとわかっていても・・・ヒイロはただ何も言わず、その腕に身を預けるだけだ。
　今はそれしか出来なかった。
　いつか、その作った表情を捨てて、自分に総てを晒してくれる日が来るのだろうけれど―――今はまだ、その時ではないから・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　清らかな狂気は、ここで終了です♪
　じつは、この話――4月に亡くなられた「竹緒　亜衣様」のカットをいただいて発行した本でした。入力しながら、本の中に彼女のイラストを見つけると、ジンとしてしまって・・・私にしてはかなり時間のかかるＵＰになりました。
　彼女のカットのＵＰにつきましては、許可が必要だと考えますので、相方様にお問い合わせしてみます。いつかＵＰできたら幸いです。

　一応イメージソングがあるので、ここにタイトル掲載。
　ＴＲＦの「清らかな狂気」・・・そのまんまです。キレイな感じの曲ですよ。内容は・・サラちゃんかな？

　では、続きはＩＲ-Ｓにて！