W2×1　【MiyabihimeA】

　彼らは知っているのだ。
　ヒイロ・ユイと呼ばれたこの黒髪の20歳に満たない少年と呼んでも差し支えない彼が、L1最高のエージェントであることを・・・。
　ここには、L1の組織の出先機関のひとつがある。ただ屯っているだけに見える少年達も、エージェント教育を受ける身であり、ヒイロの強さは肌で感じていた。
　羨望や妬みの眼差しを切り捨てて、ヒイロは地下への細い階段のひとつを下りて行く。
　最後3段を残す位置で、壁の一部に手を翳した。この位置に仕掛けられた指紋認証システムが作動して、まだ抹消されていなかったヒイロを識別する。ゆっくりと開く壁の向こうの暗闇へ、ほっそりした少年の影が吸い込まれるようにして消えた。


　ヒイロがいない。
　サラがヒイロをも標的とした今、目の届く距離に恋人がいないという状況は、限りなくデュオの不安を掻き立てた。
　突然いなくなった、昨日は食料品を買いに行っていたらしい。あれからすぐに戻ったヒイロに、病人食だと言って味気のないお粥を食べさせられた。
　今日ヒイロが部屋を後にしたのは、薬を買いに出たのだと知っている。デュオの体質上、その辺の薬局で手に入らない薬も服用しているから、ツテで手に入れてくると話していた。
　そんなことは百も承知で、遅くなるのも分っている。それでも、気になるのはしょうがなかった。
　　ピピピッ、
　音は隣室からだった。
　昨日、食料を調達して帰ってきたヒイロに「ベッドから出るな」と厳命されているが、退屈を持て余していることもあり、つい着信音につられて起き出す。
　BBへの通信―――カトルか？
　先日世話になった事情は、ヒイロから聞いている。この回線にアクセスできる人間が限られていることもあり、たいした用心もせず、デュオはあっさり回線を開く。
　―――――！！
「お久しぶりね」
　キレイに編み上げたセミロングの髪が、光を反射して薄茶から金色に輝いた。彼女は榛（はしばみ）色の瞳を細め、無邪気な笑顔を見せる。
「ヒイロ・ユイって言うのね、あの黒髪の子。間近で見ると、ますます綺麗。あなたとさえ出会わなければ、彼も幸せだったんでしょうに・・・そうは思わない？　デュオ・マックスウェル」
　くすくすと楽しそうなサラの様子と、ヒイロが隣にいない現実が、デュオの冷静な思考を吹き飛ばす。
　ギリと音がするほど奥歯を噛み締めて、ディスプレイの中の美女を睨み付けた。
「ヒイロには手を出すなッ！」
　叫んだデュオに、サラは満足そうに口元を歪める。
「あら、あなたのそんな顔が見れるなんて・・・最高だわ。よほど大切なのね、彼が」
　いったん言葉を切って、サラが取り出したのは・・ヒイロの指に嵌っている筈の指輪だった。
「もし、私がヒイロ・ユイを手に入れたと言ったら、あなたは私に代償を支払ってくれるのかしら？」
「・・・ヒイロを？！」
　愕然とした。
　まさか！　という思いと、もしかしたら？　という心配がデュオの中で嵐になる。
　あの指輪は、リーフを象ったデザインが気に入って、デュオがヒイロに買った品だ。
　普通は装飾品など着けないヒイロも、この指輪だけは着けてくれていた。今年のホワイト・デーの、デュオからの贈り物―――。
　ブランド物だったから、製作された数も少ない筈だった。当然、同じものを入手した可能性もあるが、あの自信ありげな口調から察すると、本当にヒイロを捕らえているのかも知れない。
　不安は増大する一方だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....