W2×1　【MiyabihimeA】

「････え？　･･ヒ･･･ィロ？？」
　やはり荒れた喉の声では判断できないが、ヒイロの名を知る事実が、青年がデュオだと物語っていた。
「な、んで･･･」
　デュオは口ごもり、手に握ったままだった紙包みをポケットに捻り込む。この状況でヒイロだと気づけなくて、それは薬の所為もあるけれど･･麻薬に頼っていた事が情けない。
　捜してくれたらしいのは、嬉しかった。あんな風にいなくなって、普通なら忘れられてしまう。でもヒイロは汚いスラムまで来てくれた。
　ヒイロに会えた嬉しさと、一緒に戻れない悲しさと、死ぬしか残されていない悔しさ。どれもが均等な大きさで、心ははちきれそうだった。
　感情が痛いなんて、ヒイロは知っているだろうか。
　右手の包帯は、あれから巻きなおしていない。ヒイロが巻いてくれたから･･･解くなんて出来なかった。
　死に損なって、惰性で呼吸して存在してる。
　そっと右手首を引き寄せて、胸の前で押さえた。手当てをしようと思えない傷口は、あれからずっと疼いている。麻薬のお陰で麻痺し、痛みは一切感じなかった。
　ヒイロの無言が辛くて、唇を切れるほど噛み締める。俯いてしまえば、もうヒイロの顔を正面から見る勇気はなかった。
「何してんだ！」
　叫ぶ声にデュオが振り向いた先で、男達が戦いの始まる時を待っていた。
「ぅるせぇ～よ。オレは抜ける」
　睨み付けると、少し気圧される。強い眼差しには、昔のデュオが持っていた輝きがあった。
　自分の思いのままに生きて、誰にも邪魔はさせない。犠牲に黙祷はするけれど、それ以上は囚われなかった頃の･･･デュオ・マックスウェル。
　しかし、男達はデュオの豹変が危険だと知らなかった。目の前の肉欲に惑わされ、危険を感じる本能もマヒしているのだ。
「冗談じゃねぇ！」
「･･･ぶっ殺されてぇのかぁ？！」
「ビビッてんじゃねぇ！」
　口々に罵り、最後にデュオの怒りに止めを刺した。
「まとめて犯してやるぜ！！」
　ヒイロに向けられた指先を蹴り上げ、デュオは鋭い手刀で男を叩きのめす。素早い動作は、鍛え上げられた戦士そのものだった。
「おまえら、誰に物言ってんだ？―――よっぽど死にたいらしいな･･･ッ！」
　ヒイロがとめる暇などなかった。
　向かってくる相手が悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。大量の血が零れて、ヒイロはデュオの手に光る鈍い輝きを見た。
　あのナイフだ。
　ただの金属の塊なのに、血に濡れると妙に妖しい輝きを放つジャックナイフは、デュオの体の一部のように閃く。3人が倒れたところで、他の連中は逃げ出した。
「や･･やめろ！　デュオっ！！」
　ヒイロの制止の叫びは、男達の悲鳴と呻きにかき消される。
　音もなく、ナイフは人の命を奪った。
　”死神デュオ”は逃げる人間すらその手にかけ、容赦なく命を狩り取る。うっすらと恍惚の表情を笑みに溶かした口元は、満足げに吐息を漏らした。
　逃げる途中で背を切り裂かれ、前方へ手を伸ばした状態で息絶えた男･･･。頚動脈から噴出す血を抑えようとしたまま、死に直面した奴。
　最初に絡んだのは、彼らだった。しかし、死に値するほどの罪ではない。デュオやヒイロの実力を持ってすれば、簡単に払いのける事が出来る程度の相手だった。
　それを―――そう、殺す必要はなかったのだ。
「デュオ･･」
　声のかけようがなく、ただ名を呼んだ。返り血に汚れたデュオは、ヒイロの呼びかけにも振り返らないで、呆然と立ち尽くしている。
「ははっ･･･やっぱ、ダメか･･･････」
　自嘲し、ゆっくりと振り向いた。ナイフの刃の方を持ち、ヒイロへと差し出す。
「なぁ、オレを殺してくれよ･･･」
　目に切ない色を浮かべ、口元だけを歪めて笑みを作るデュオの表情から目を背け、ヒイロは血に濡れたナイフを見つめた。
「殺せ、ヒイロ。もうオレはダメだから･･･」
　何がダメなのか。告げずに、ただナイフを渡そうとするデュオが嫌で後ずさる。
　デュオは柄についた血を拭い去り、刃の先を掴んだまま手首を翻すと、ストンとヒイロの足元ギリギリに突き刺した。
「･･頼む。辛いんだ」
　泣き出しそうな顔、すでに涙の滲む瞳、揺れて掠れた情けない声が、デュオの心情を伝える。すべてを知ることはないけれど、彼の辛さと苦しさはヒイロにも理解できた。
　でも、
　殺すために来たんじゃない！！
　叫んで、引っ叩いてやりたい衝動に駆られた。
　他の誰でもない、デュオを好きな俺に殺させようとしているのだ･･･こいつは。自分の辛さから逃げるのに精一杯で、俺の気持ちに気づきもしない。
　195年はしつこいほど纏わり付いて、好きだと告げて感情をかき乱したのに･･･今度は殺せと言うのか？
　同じ唇で、同じ声で、同じ･･･。
「嫌だ」
　だから否定する。デュオが望むことは、俺の心を殺すのと同意語だった。いくら梳きでも、好きだからこそ絶対に嫌なのだ。
「殺してくれ･･」
「断る！」
「･･･自分じゃ･･死ねないんだ」
「楽になんてしてやらない！」
　押し問答だった。
　互いに自分の想いを隠したまま、ただ結論だけを打ち付けあうから、堂々巡りから抜け出せない。それに終止符を打ったのは、デュオの方だった。
「―――デュオ？！」
　ぐらりと揺らぎ、地面に膝を付く。支えようと手を伸ばしたヒイロの腕の中へ倒れ、意識を失っていた。
　薄く開いた唇は荒れてがさがさで、顔色は真っ青になっている。脂汗が吹き出し･･･、寒気がするのか全身で震えていた。
　そんなデュオを抱きとめ、ヒイロは自分のコートを掛けると、躊躇った後で抱き上げる。
　大差ない筈の体重を持つデュオが、やけに軽く感じて･･･泣きたくなった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....