W2×1　【MiyabihimeA】

　こんな連中に構ってやる義理はなかった。無視するのが一番だ。うっかり反応を返せば、さらに冷やかすのは目に見えていた。
　今はデュオを捜すのが先決だし、彼らは自分に手をかけることも出来ない。
　いくら戦争が終わったとはいえ、自分の体の管理や鍛え方は以前と変えていなかった。エージェントとして生きるかどうかは別として、いつ狙われるかわからない立場で、鈍った勘や体力低下は避けたい。
　平和へと歩き出した世界は未だ幼く、均衡が崩れることもあるだろう。実際、戦いはまだなくなっていなかった。
　ガンダムのパイロットである以上、一生その名から逃れることは出来ない。ならば、背負っていくだけの強さが必要なのだ。
「なぁ･･･」
　左側から袖を掴まれ、ヒイロはキツく睨み付けた。
「可愛い顔に似合わず、怖い目をしているな」
　嘲笑を含んだからかいに、邪険な所作で袖を振り払う。カチンときたらしい男が立ち上がり、つられて周囲の連中も起き上がり始めた。
「お高くとまってんじゃねぇ！」
「･･･クズが」
　男達が両側から飛び掛るより、ヒイロが身を沈める方が早かった。起き上がり様の拳を左の男に見舞い、次の蹴りで地面に沈める。振り返る瞬間、右の男の腕を押さえ込んで、ビルの壁に投げつけた。
　勝負は一瞬でついた。
　所詮、ヒイロの相手になる筈もない。こんな場面で、腐っている連中に手加減する気もないヒイロは、苛立ちに眇めた眼差しを打ち付けた。
「まだやるのか？」
　闘志をたぎらせた目と反対に、口調は酷く冷たい。男達の怯えを増徴するには、最高の対応だった。
「･･･い、いや」
　後ずさる男に、ちらりと視線を向ける。それだけで悲鳴を上げて、周囲の人垣は崩れた。
　足元に崩れていた男が身を起こし、血だらけの鼻を拭った。顔に拳を受け、腰に蹴りを当てられた所為で、這うようにしている。
　のそり。
　ゴミ箱の向こう側で、人影が動く気配がした。男達もそちらに目をやり、足元の男は嫌な笑みを浮かべると、その人影に声をかけた。
「･･兄ちゃん、助けてくれ」
　帽子を目深に被った華奢な人影は、どうやら男だったらしい。全身を黒で覆い、箱の上に体を投げ出している。
「ああ？　関係ないね」
　がさがさに掠れた声で呟き、また寝返りを打つ。すぐ隣で、1人の男が紙包みをチラつかせた。
「これをやるぜ！？」
「しっかたねぇな･･･ヤルのはいいが、そこらに転がしとくなよ」
　声の主は白い紙包みに釣られて、ゆっくりと身を起こした。億劫そうに手を差し出す。心得た様子で、男はその青年に紙包みを渡した。
　中身は麻薬だろう。白い堤の大きさからして、2～3回分がいいところだ。
　種類によるが、一般的に出回っている幻覚作用の強いタイプなら、時価1万円くらいか。
　冷静に判断するヒイロは、どうやら男達の欲望の対象に見られているらしい。
　舌打ちして、その青年を見やった。
　デュオを捜すだけでも手一杯なのに、邪魔する連中を殺したい衝動に駆られ、すぐに深呼吸する。
　饐えた匂いが染み込んだが、それでも気分は少し落ち着いた。アヘンの匂いも漂う路地は、どうやら麻薬に溺れた連中のたまり場のようだ。
　吸い込んだ麻薬の粉が巡り、青年は何度か頭を左右に振って徐に立ち上がった。右腕を庇う動きは、無意識のものだろう。本人は麻薬で感じていないだろうが、体には弱点を庇う本能の習性があった。
　狙うなら･･･右側。
　身構え、すぐに顔を顰める。相手の青年の構えに、既視感が沸き起こったのだ。
　足の引き方、体の沈め方･･･すべてが訓練された人間であることを示していた。それに加え、少しさがった左腕に癖がある。我流にアレンジされた構えは、マーシャルアーツなどの影響を受けたものだ。
　青年は左利きで、おそらくナイフ戦が得意･･･。
　もしかして―――！！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....