W2×1　【MiyabihimeA】

「ヒ・・ヒイロ、大丈夫か？！」
　とりあえず、まだ眠そうなヒイロをシャワールームへ連れて行くと、デュオは慌てて救急箱を探す。
「えっと、普通に消毒すればいいんだよな」
　救急箱がなかなか見つからなくて、部屋中を引っ掻き回し、あげくに血塗れのシーツまで抱えて、再びシャワールームへ飛び込んだ。
「・・・デュオ？」
　半分掠れた、寝起きの声で首を傾げる。そんなヒイロの形の良い脚を、ひょいっと持ち上げた瞬間。
「何をしているッ？！」
　さすがにヒイロも目が覚めたらしい。勢いよく蹴飛ばされ、デュオは救急箱を掲げて見せた。
「消毒するだけだって！　ほら、ヒイロ」
　理由を説明されたって、こんなに明るい場所でそんな恥ずかしい格好が出来る筈もなく・・・。
「ちょっと・・待て」
　昨夜と、役者が正反対。
「ダメだってば、すごい出血なんだぞ」
　確かに傍らのシーツを汚した赤を見れば、そんな事は一目瞭然だった。だが、それとこれとは別問題！
「こんな明るい所では嫌だ・・」
「だって、暗いところじゃ傷口見えないだろ？！」
　結局はデュオの勝ち。頬を赤くして、ヒイロは俯き大人しくなった。

　当然、煩いデュオの騒ぎは外まで漏れていた・・・・。
「良かったですね、仲直りしたみたいじゃないですか」
　仲直り・・確かに、そう言えなくもないが。嬉しそうなカトルのセリフに対し、素直に頷けない五飛とトロワだが、まあこれはしょうがない。
　今朝一番のデュオの騒ぎに、3人はヒイロの部屋の前にしっかり駆けつけていた。
「・・・・」
つい無言で顔を見合わせる2人と、隣でドアに耳を押し付けて、中の様子を窺っているカトル。静かに静かに、物音を立てないように、3人は細心の注意を払ってドアから離れた。
「邪魔をしちゃいけませんよね」
　というカトルに、五飛もトロワも肩を竦めて同意する。
　何はともあれ一段落。なにより、デュオとヒイロが幸せなら―――それこそ、3人が望んだ形であった。


　手当てを終えても、真っ赤な顔を背けたままのヒイロが可愛くて、ベッドメイクした白いシーツの上に下ろすと同時に、頬にキスする。
　ヒイロを抱き上げたときの右手首の痛みですら・・それを与えるのがヒイロだと思うだけで、違う感覚に変わる気がした。
　愛しい―――本気で走思う。どこから来るのかわからない、この感情はデュオの心を満たし・・・泣きたいくらいの幸せだった。
「大好きだよ、ヒイロ」
　そう告げれば、ヒイロは驚いたような表情を見せ、それからゆっくり淡く微笑んでくれた。ジンと胸の奥が痺れる気がする。
　白い包帯にそっと指を這わせて、ヒイロは視線をデュオの青紫の瞳に合わせた。
「俺も好きだ、デュオ」
　まるで今まで告げなかった分を埋めるみたいに、互いに告白を繰り返す。
　甘酸っぱい感覚で心が乱れた。経験したことがない状況は、でも決して不快ではない。それどころか、もっともっと感じていたかった。
　そっと、ヒイロの指がデュオの輪郭をなぞる。
「デュオ・・・、泣くな」
　優しい指と、切なそうなヒイロの笑み。そして彼のセリフに、デュオは初めて自分の為に泣けることに気づいた。
　泣く、涙を流す―――もうありえないと、デュオは思っていた。他人の為はもちろん、自分の為であっても・・・。
　自分の為に泣けるのは、自分を愛してくれる人がいるから。自分を必要としてくれる人の存在ゆえ。そして、大切な人の為なら・・泣けるのかも知れない。
　涙が出るのは、ヒイロを愛しく思うから―――誰も、どうでもいい人の為に泣けない。
　ヒイロが隣にいるから、デュオは本当の自分を取り戻せた。作ったデュオでは、決して泣けなかっただろう。
　やっと微笑むことができるヒイロも・・・・。
　人間であることを捨てさせられた―――昔与えられた愛情も忘れてしまったけれど、デュオがいれば幾らでも取り戻せる。お互いを補い合える存在を、やっと認めたから。
　ここからすべて、始まっていく。
　人間らしく―――なんて、とうに諦めていたこと・・でもデュオがいれば、ヒイロがいれば、まだ叶えられる夢なのだ。「好き」という言葉を、いつか「愛してる」に変えられる日を、2人は模索していくのだろう。
　未発達の感情はこれから成長し、初めてを沢山体験して、ゆっくりと成熟する。
　きっと、1人では無理。
　それでも―――2人なら不可能ではないから。

　まだ戦闘は続く。
　人間らしくなることは最高エージェントからの―――目に見えない、氷点下での堕落。
　平和を求めて、愛情はときに憎しみさえ伴い、イブが蛇に誑かされた時から人間に背負わされた”愛”という原罪を、これから彼らも背負うだろう。
　それでも、諦めたくない物を2人で手に入れる。
　翼が折れて飛べなくなる・・・失墜を承知の上で・・・・・・。
　それが―――人間という生き物だから。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 The END....