W2×1　【MiyabihimeA】

　とうとう注文を付けたデュオに、ヒイロは呆れたと言わんばかりの表情で溜め息を付いた。
「お前がいけないんだろう。手当てを後回しにした罰だ」
　冷たい言葉に、デュオは拗ねてみせる。
　いつもの穏やかなやり取り、デュオのヒイロへの甘えは必ずこんな形で現れた。
　拗ねたり、ただじっと抱きしめてみたり、まるで子供の頃出来なかったことを今になって、ヒイロ相手に取り戻そうとしているようだ。
「コレはおまえが爪立てたんだぜ？！　イッた時に、さ」
　にやにやと笑うデュオの頬を抓った。言われて思い出したのか、ヒイロの頬は紅潮している。
「・・・・」
　ぷいっと顔を背けてしまったヒイロに、デュオは明るい表情で手を差し出した。
「手当て！　してくれよ」
　また黙々と消毒して、ヒイロの指が器用に包帯を操る。あっという間に手当てを終えて、ヒイロは消毒薬などを箱にしまい始めた。

「さっさと服を着ろ」
　言われて、デュオは手探りでシャツを引き寄せる。右手に負担をかけないように注意して、袖を通した。ボタンをかけるのを面倒がるデュオにかわって、ヒイロが甲斐甲斐しくシャツの前を留めてやる。
　デュオはただ、きれいに巻かれた包帯を感心したように見つめていた。
「おまえって、本当に器用だよな」
　まじまじと包帯だらけの腕と脚を見比べる。両方とも丁寧に消毒され、血に汚れた部分はふき取られて、さっぱりとしていた。
「お前が不器用過ぎるんだ・・」
　先日、ヒイロが外出していた為に、自分でなんとかしようとしたデュオは、救急箱を探して部屋中を引っ掻き回し、包帯を撒き散らして怒られたばかりだ。その直後、帰ってきたヒイロの反応は凄かった。
　家事万能のヒイロに言わせれば
「1級エージェント教育を受けた者が、これくらいも出来ないのか？！」
　となるらしいが、デュオにはデュオの言い分がある。
　彼の受けた教育には、コンピュータでのハッキング技術やガンダムの操縦技術、格闘や銃撃を含む戦闘訓練は入っていたが、救護関係はさらりと触れた程度だった。つまり、ケガをした後の治療より、ケガをしないで済む技術を磨けと教わったのだ。
　料理や掃除は得意だし、拾われるまで必要だったので一通りこなすが、傷の手当は自分でやるという認識が薄い。
　ヒイロ側の教育に比べると、どこか片手落ちの教育ではあった。生きて帰ると想定されていなかったのが影響しているのかもしれないが、それをデュオの所為にされても彼に罪は無い。
　他人の手当てはきちんと出来るので、まったく知識がないわけではなかった。それどこか、下手な街医者顔負けの知識はある。だが右手をケガした為、まったく役に立たないだけだった。
　そして現在はケガを診てくれるヒイロがいるのだから、なおさらデュオに手当ての知識は必要ない。
　時に器用なのか、不器用なのか分からない男だが―――案外、デュオはヒイロに甘えたいだけなのかも知れない。
　右手をひらひらと動かしていたデュオだが、いきなり眉を顰めた。子供のような無邪気な様子が、一転して大人びた容貌になる。
「痛むのか？」
　飲ませた鎮痛剤が効くのはまだ先だ。ヒイロは心配して声をかけたが、デュオはじっと考え事をしているようだった。
「なあ、ヒイロ」
「なんだ？」
　ようやく、デュオはヒイロに向き直った。中身を整理した救急箱を膝に乗せたまま、ヒイロは覗き込むように視線を合わせてくる。
「ずっと気になってたんだけど。おまえ、拉致されたときに拳銃持ってたよな？　なのに遅れを取るなんて・・・らしくない」
　ヒイロは唇を噛んだ。やはり気づかれたという思いが、胸の中でぐるぐると螺旋を描いて駆け巡る。
「もしかして、情報を流してわざと捕まったのか？　でないと、説明が付かないんだ。オレだってバカじゃない。調べれば、ある程度の予測はできるさ」
　ヒイロは沈黙を守っている。
　ぎゅっと結ばれた唇は、白くなるほど血の気を失っていた。
「・・・まあいいか、無事だったんだから」
　何も言ってくれないヒイロに、デュオは達観した者の余裕で肩を竦めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....