W2×1　【MiyabihimeA】

「ヒイロ、お皿用意してくれるか？」
　声をかけられたヒイロが、抱えていたクッションを放り出して立ち上がる。特に返事は返らないが、いつものことだった。感じる気配は柔らかくて、無言の空間すら居心地が良い。そんな風に思える相手に出会えた事に、心の底から感謝していた。
「これでいいか？」
　白いディッシュ皿を確認したデュオは、にっこりと笑顔で頷いた。
「うん、大丈夫。ありがとな」
　必ず、デュオは感謝の言葉を口にする。それは「ありがとう」であったり、「サンキュ」であったり、「嬉しい」と表現されることもあった。
　今まで他人に感謝するような生活をしてこなかったから、誰よりも大切で失いたくないヒイロ相手だからこそ、デュオは言葉を惜しまない。言葉にしていなくても、ヒイロの気持ちは眼差しや柔らかい気配になってデュオに伝わる。互いに互いを認め合い、尊重しあう空間は居心地がよく、少し擽ったい感じがした。
「はい、出来上がり♪」
　白身魚のソテーを皿に置き、温野菜を手際よく配置する。彩を考えての料理は楽しくて、戦時中のように必要なカロリーを摂取するだけの味気ないものと、格段の差があった。
　オレンジを中心に酸っぱめに作ったソースは、夏に食欲が落ちるヒイロが食べやすいようにだ。放っておけば食事や睡眠を疎かにするヒイロだが、デュオが手ずから作れば、残すことなく食べてくれる。それが大事な愛情表現だと、デュオは受け止めていた。
　冷製のパンプキン（南瓜）スープと、白くて柔らかいパンも食卓に並ぶ。どちらもデュオの手作りだった。買ったパンでは残してしまうヒイロを気遣い、朝から準備していたのだ。
　1週間ほど任務で留守にして戻ってみれば、ただでさえ細い体をさらに細くしたヒイロが待っていた。顔色も青くなろうと言うもの。
　何なら食べられるか・・と聞いたデュオに、ヒイロは蒼い瞳でじっと見つめ返した。つまり・・・デュオが作ったのなら、何でも食べるという意味だ。
「ちゃんと食べてくれよ。食べられるだけでいいから・・」
　カウンターに置いた皿をテーブルへ移し、ハーブを上に散らしながら笑顔を向ける。そんなデュオの心配そうな表情に、ヒイロはこくんと頷いた。
「・・・いただきます」
　小さな声が聞こえて、ヒイロの手が動き出す。甘い物が好きなヒイロは、夏に作る冷製パンプキンスープが気に入っていた。できるだけヒイロの味覚に合わせて調理した夕食は、少しずつ恋人の口に収まっていく。
「どう？」
「美味しい」
　素直に返された声に、デュオは顔を綻ばせた。やっと安心して自分の分に手を伸ばす。スープの甘さは人工甘味料じゃなく、南瓜本来の甘さだ。味付けに満足しながら、黙々と食事するヒイロを見守った。
　声をかければ、短く返事がある。他人から見ればぎくしゃくした状態も、2人の間では自然だった。別にヒイロはデュオを無視している訳ではないし、デュオはヒイロに話して聞かせる事を楽しんでいるから。
「ご馳走様」
　食事を締めくくったヒイロの声に、「お粗末さま」と軽く答えて立ち上がる。残すかと思ったがキレイに食べてくれたヒイロの前に、冷蔵庫から出した小さなプディングを置いた。
「デザート♪　ソファで食べてて」
　受け取ったスプーンを握ったヒイロの手にプディングの器を持たせて、デュオはテーブルを片付け始めた。丁寧に片付けた後、コーヒーカップを両手にソファに向かう。
　自分用はブラックで、黒髪の恋人へは砂糖とミルクを完璧な割合でブレンドしてある。
「はい・・・・・・・・・えッ？！」
　ソファの前のテーブルを見て、デュオの動きが止まった。
　プディングが手付かずで残っているのだ。これはヒイロの大好物で、ちゃんと味も確認したから失敗したわけでもない。普段だったら、とっくにヒイロの胃袋に収まっている頃だった。
「・・・一緒に」
　一緒に食べよう。
　そんな恋人の気遣いに、デュオは破顔した。ソファに座るヒイロの隣に陣取って、テーブルの上にコーヒーを置く。嬉しくてヒイロを抱きしめた。
「待っててくれたんだな！　嬉しい」
　チュッと頬にキスを贈り、ガラスの器からスプーンを取り上げる。そっと掬ったプディングをヒイロの口に運び、ぱくりと食べる姿に目を細めた。じっと見上げる眼差しと、もぐもぐ動いている口元に愛情が湧き出す。
　ヒイロの手が動いてスプーンを受け取ると、今度はデュオの口元に運んだ。逆らうでもなく口を開けたデュオは嬉しそうに笑った。

　些細な日常が嬉しいなんて―――こんな日が来ると思ってもみなかったのは、きっと戦争で自分が死んでしまうと考えていたから。誰も愛せないなら生き残ってもしょうがないと自嘲した昔。でも今はこの手に恋人を抱き寄せることが叶う状況を、素直に嬉しいと感じている。
　ヒイロがいてくれるなら、退屈な平和を生きるのも幸せだと思えた。

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　当初はもっと短い話でしたが・・・。
　素直に感謝を口に出来るのって、実は愛された証拠だと思うんですよ。でもデュオは愛されて育った記憶はほとんどないのに、当然みたいに愛情をヒイロへ向けられる。凄い努力と愛情の大きさだと感心しちゃう今日この頃です。綾雅はそういうの、ダメだからなぁ・・・・。