W2×1　【MiyabihimeA】

「・・ッ」
　強烈な光が、ヒイロの正面から目を焼く。咄嗟に左手で網膜を光から守った。
「ヒイロ・ユイ」
　呼ばれた声はライ本人のものなのに、ヒイロはゼクスと対峙した時の緊張感に襲われていた。彼のカリスマ性をライが持っていれば―――あるいは、革命は成功したかも知れない。
　ようやく目が光の強さに慣れ、ヒイロは細めた目に1人の像を結んだ。
「ライ・シュリアンス」
　ライの本名を呼ぶ。これは切り札だった。ちらつかせて、相手を食いつかせる為の・・そして相手より優位に立つ。
　捕まる直前に仕入れた情報に含まれていた名は、コロニー有力者の極秘情報として封印されていた。戸籍からは抹消されているこの名の持つ意味を、ヒイロはまだ完全に把握していない。
「・・・知っていたのか」
　呟いた男の表情はわからない。しかし疲れ果てたような響きに、彼が逃げることではなく、死を選んだことがありありと浮かんでいた。
「おれは・・この世に存在してはいけなかったんだ」
　そう切り出し、彼は銃口を向けられたまま、静かに椅子に腰掛けた。
「知っているだろうが、祖父のゼブラ・シュリアンスはコロニー議会の最有力者だ。彼は、コロニー議会の方針を変えてしまう程の実力者だったらしい。その祖父には娘が1人いたが、結局婿養子を取った。おれは彼の長男として生まれた。しかし、おれの母は・・正妻ではない。祖父と、一切血の繋がりがないんだ。母親似のおれを見た父は、一言でおれの将来をつぶし・・・浮気の証拠となるおれを認知しなかった。それどこか、母親と一緒に暗殺しようとさえした・・・」
　そこで溜め息をついたライは、視線を遠くへ投げた。まるで昔へ戻ろうとするように・・・記憶を辿り始める。
「母を犠牲におれは助かり、真相を知った時復讐を企てた。だが、彼に近づく為の手段も力もない。やがて父の正妻に男子が生まれ、おれの存在はさらに邪魔になったのだろうな。戸籍さえ抹消され、存在自体を否定された。それからの人生は最悪だったよ。戸籍のない子供がどうやって生き延びたか、きっと奴に想像も出来ないだろうさ。11歳年下の弟を初めて見た瞬間は、憎しみより哀しみの方が大きかった。同じ父の血をひくのに、何故おれだけ？ってな」
　ヒイロは、ただ黙って聞いていた。銃口を彼の眉間に合わせて、壁に背を預けている。
「そして、やっと復讐の為の力を手に入れたのに―――な・・・」
　開いたままのドアから人の気配を感じて、ヒイロは銃口を向ける。反射的な行動は、その習性故にあまりに早く相手を捉える。
「ライ・・・兄様？」
　甲高い変声期前の声が室内に響く。ヒイロの位置からは、その声の主ははっきり確認できた。
　金に近い栗色の髪、緑の明るい瞳、白い肌。まだ幼い少年。
「兄様でしょう？　サイルです。御祖父様に言われて・・僕、迎えに来たんです」
　ヒイロは知らなかったが、レイルに頼まれたデュオが連れてきた『ミカエル』と呼ばれる少年だった。
　デュオに恐れを抱かせたあの表情で、正反対の声でセリフを読み上げる。まさに演技によって作られた声、表情がライから見えないことを見越した計算尽くの演技だった。
　一生懸命にライに呼びかける彼が、室内に踏み込んだ瞬間。
「近づくな！」
　叫んだライが銃を手にする。上着から抜き出した銃口を、ミカエル・・・いや、サイルに向けてトリガーを引き絞る。
　　ガァン
　しかし少年は無事だった。不発だったのか、ただの脅しだったのか。拳銃から銃弾は発射されなかった。
「おれは存在してはいけなかった・・・なのに何故、生きてきたんだろう・・な・・・」
　銃口がゆっくりと額に当てられる。ゆったりと安堵した笑顔で、彼は最後の仕事をこなした。
　　ズガァアン
　引き絞られるトリガーの微かな音と銃声で、ライは命を絶った。自分の命を最後まで呪いながら、自ら命の綱を狩った―――そんな彼をヒイロは止められなかった。
　自分の生を呪う気持ちも、存在を疑う心も、すべてを知っているから・・・。
　ヒイロには、止める術はなかった・・・・。

　ミカエルは、誰にも見えないように切ない笑みを浮かべた。
　まさか、ライが自分で命を絶てるとは思っていなかったから、彼の事を知った時、自分が兄を殺してやるべきだと考えた。
　そうしなければ、彼はずっと苦しみ続けるから・・・殺して上げることが、ライにとって幸せだと気づいているから、自分の手を汚すつもりだったのに・・・。
　自分だけが彼の命を絶つという義務を負うのだ、と。
　決して、正妻の子としての権利でなく、これはあくまでも義務なのだ。
　ライを苦しめたのは父。
　そして、他でもない自分自身。
　結局、たった1人の兄の人生に係わることさえできなかった。
　初めて兄の存在を知った時、とても嬉しかった。だからその後、兄の辿らざるを得なかった悲劇を知った後、サイルは『シュリアンス』の名を捨てた。惜しいと思わない。
　レイルに拾われるまで、僕は兄の存在だけを心のより所に、怠惰な死を見つめていた。自分が死ねば、ライの存在が意味を持つかも知れないとさえ思う。
　それを生き返らせてくれたレイルの存在は今、兄より上に位置している。それでも兄の今回の計画を知った以上、見過ごせなかった。我侭を言ってここに乗り込んだのは、兄を『殺してあげる』為だったのだ。
　もしかしたら、ライは僕の決意を知っていて―――自分でトリガーを引いたのかも知れない。ならば、僕の存在は兄にとって、少しでも『意味』のあるものだっただろうか・・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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2010/05/18誤字修正（ご指摘感謝します♪）