W2×1　【MiyabihimeA】

　廃棄されて以来、だれも手をつけていないのだろう。布の上に積もった埃は大量だった。しかし布と一緒に埃を払ってしまうと、コンピュータ自体は立派に作動した。
　ブリッジ内部の通信を傍受していたヒイロは、しばらくして首を傾げる。
　これだけの事態でも、ゼクスが出てこない。ブリッジ内はもちろん、集った幹部の会話にさえ、彼の気配がないのだ。
　もしかしたら・・・・！！
　一瞬浮かんだ考えをヒイロは検討してみた。確かに、そうならすべてが一致する。何もおかしな点は見つからず、それどころか仮説が間違っているとしたら、ゼクスはどこにいるのか。
　そして幹部の一言が決め手となり、ヒイロの仮説を証明した。
「ライ様はどちらに？」
　普通なら司令官の名を呼ぶ―――『ゼクス』を。しかし男が呼んだのは『ライ』だった。つまり、ゼクスはダミーなのだ。カリスマの名を隠れ蓑として利用しただけで、最初からゼクスは参加していない！
　解ってしまえば簡単な図式だった。最初っから、彼らしくない組織ではあったのだ。
　卑劣な手段、民間人を危険にさらし、最愛の妹の暗殺を企む。すべてが彼に相応しくない作戦だった。ガンダムのパイロット殲滅にしても、ゼクスなら正面から戦うことを求めただろうに、ヒイロ達はそれに気づけなかった。
「ちっ・・」
　舌打ちしたヒイロの脳裏に、さっきのセリフが引っかかる。幹部はライの行方を気にしていた・・・それはすなわち、ライがどこかに姿を眩ましたのだ。
　逃げるつもりか、死ぬつもりなのか。どちらにしろ、ヒイロはその願いを叶えてやる気はなかった。
　奴は、テロ行為でたくさんの人間を殺した。民間人を盾に取り、コロニーと地球に戦争の恐怖を巻き起こしたのだ。しかも自分ではなく、他人の名を汚して！
　見取り図から3ヶ所の候補を選び出し、暗記方で一気にルートを頭に収めた。その程度のことは、幼い頃の訓練で身に付いている。
　苦もなく覚えた道順を、ヒイロは近い順に辿り始めた。

　デュオが走りこんだ廊下に、銃弾が雨あられと降り注ぐ。ヒイロがいると推測されるエリアは中心部に近く、嫌でも警戒は凄まじいものがある。
　外の戦いに釘付けになる五飛に、加勢は期待できない。トロワも自分の役目を果たすほうを優先する。人に頼るつもりはないが、自分しかいなかった。
　すばやく銃を連射し、敵の攻撃を軽い身のこなしで躱す。ガンダムのパイロット教育以前に、自分が生き抜く為に身に付けた生活の術だった。生きて行くために何でもして来たデュオは、そのために必要な反射神経や生存本能が、他人より発達している。
　ヒイロの監禁を想定していた部屋に、次々と飛び込む。しかし、すべてを回りつくしてもヒイロは居なかった。
「おい、捕らえたガンダム・パイロットはどこだ？」
　捕らえた兵士の眉間に銃をセットする。背後への配慮も忘れず、デュオは脅える哀れな男を問い詰めた。
　『死神』、デュオが冠する名は伊達じゃない。愛用の銃を構え、正確な射撃で冷酷に人の命を奪う。生きることに誰より貪欲な彼は、それゆえに命の重さを熟知し、されど命を狩る行為を躊躇わないのだ。
「あの・・逃げたんだ。後は知らない！　まだ、捕まってないみたいだけど・・・おれはそれ以上知らないんだっ！」
　悲鳴のように告げる男に、デュオは舌打ちした。
　オレが来るまで待てなかったのかよ！
　デュオの八つ当たりで殴られた男が昏倒する。足元に崩れるように倒れた男を見下ろして、デュオはヒイロの行動を予測する。
　ゼクスと戦うことを自らに課したヒイロは、奴を追っているだろう。ならば、オレはそれを追えばいい。
　結論に、デュオは素早い行動で応じた。見取り図で唯一確認されて居ない、ブリッジより3ブロック先の一室。ゼクスはそこにいる筈、そしてヒイロも・・・。
　まだゼクスの不参加を知らないデュオは、ただ幻の向こうに見えるヒイロに目を奪われていた。

　　ズキュン
　一瞬の判断ミスだった。交錯する廊下に連射し、走り抜けたときの被弾。運が悪いとしか言いようがない。偶然に近い流れ弾だった。
「ぃつ―――ッ」
　受けた銃弾は、右手首を貫通している。銃を持つ指が、腕の痙攣によって動かない。
「ちっ・・・よりによって右腕とはね」
　流れ出る血が、低重力の法則に従って宙に舞った。口と左手を使って器用に止血する。貫通したため、止血と消毒さえきちんとしておけば問題ない。それに今は、のんびり治療できる状態ではなかった。
　飛び込んだ部屋のドアは、半開きのままだ。しかし誰も弾丸を撃ち込んでこない。つまり・・敵は様子を見ているか。もしくは一時撤退したか。
「よし」
　勢いをつけて飛び出す。『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』の原理か、連中は弾薬を惜しむ気がないらしい。
　凄まじい勢いで撃ち捲くる。
　否、もしかしたら彼らはデュオの能力を恐れているのだろうか。人間は恐怖に対して、時に凄まじい反撃に転じる。その必死な様子は『窮鼠、猫を噛む』の諺（ことわざ）を忠実に再現していた。
　　パシュ
　サイレンサーつきのライフル？！
「―――くっ」
　連中の中に、明らかに狙撃を得意とする奴がいるようだ。さっきの流れ弾も、もしかしたらソイツの狙撃だったかも知れない。
　血が細かな粒となって、空中に舞う。ゆっくりとスローモーションで床へ引かれていく様は、低重力特有の現象だった。
　じわりと血がにじむ右大腿部は、痺れが広がっていく。着弾によるショックで、痙攣が起こっていた。
「こんなとこで、もたもたしてらんねぇんだよ！」
　弾傷の上をきつく縛り上げる。激しい痛みに、顔を顰めた。すでに被弾している右手首の出血と相まって、軽い貧血と寒気が襲ってくる。
「ちきしょう・・・・しっかりしろッ」
　吐き気をこらえて、かすむ意識を叱咤した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....