W2×1　【MiyabihimeA】

　女王リリーナ―――地球とコロニーを纏める、平和主義の象徴。まだ少女と呼ぶに相応しい幼い外見と、毅然とした女王の貫禄が同居する『女神』のような存在だった。
　華やかなパーティー会場で、デュオは1人の美女をエスコートしていた。綺麗な黒髪が魅力的な美人は、周囲の注目を浴びている。しかし話しかけられても、困ったように目を伏せるだけで、決して声を聞かせてくれない。隣の男に物憂げな眼差しを送ると、彼が代弁するように応対する。不思議なカップルは、しかし注目を浴び過ぎることもなく、パーティーの波を漂っていた。
　羨ましがる視線を笑顔で交し、得意の話術で切り抜けていくデュオの手並みは慣れさえ感じさせ、社交界の荒波を泳ぎきる魚のようである。
　ちらりと外へ視線を送った美女の仕草を見落とす事無く、蒼い地球色の瞳をデュオは笑顔で覗き込んだ。
「疲れちゃった？」
　隣の美女に声をかけ、そっと抱いた腰を引き寄せた。耳元で何かを囁くと、2人でくすくす笑い出す。そのままテラスの方へ消えても、追いかけてくるほど無粋な存在はいなかった。

　ばさっとウィッグを脱ぎ捨てた美女は、キツい眼差しで隣の男を見つめる。
「ターゲットを確認」
　ルージュで紅い唇が紡いだのは、少年の声だった。美女は化粧を落とすこともせず、そのまま黒いスパッツとタンクトップという簡易な姿になる。脱いだ桜色のドレスが足元に滑り落ち、間違いなく少年でしかないシルエットを晒した。
「了解、これから作戦に入る」
　イヤリングに偽装したインカムから五飛の声が聞こえる。プリペンターが警護する会場へのテロ予告があったのは、つい2日ほど前だった。外を警護する五飛と、招待客として入り込むカトル、カトルの私設SPとして付き添うトロワの役割は決まっている。パーティー自体が慈善目的である以上、あまり仰々しい警護は敬遠された。
　男女同伴が条件のパーティーへ、ヒイロとデュオは招待客を装って入り込んだのである。
「あ～あ、せっかく美人に仕上げたのに・・」
　口の中で文句を言いながら、デュオは暗視用のゴーグルを装着する。庭の茂みに隠していたライフルを取り出してチェックを始めた。メンバーの中で最も射撃精度が高いデュオが狙撃を担当する。あくまでもパーティーの招待客にバレないよう、テロリストを捕獲する事が任務だった。
　木の上に陣取ったデュオは、スコープ越しに会場を見つめる。狙撃中に無防備になるデュオを守るのが、今回のヒイロの任務だった。
　さり気なくターゲットに話しかけるカトルの隣で、トロワが小さな合図を送る。
　慎重に合わせた照準の中央に、ターゲットが入った。トリガーを引く指に力が入る。パシュっ、小さな空気の圧縮音の後、銃弾が発射された。
「残り2人か」
　入り込んだテロリストは3人。
　最初のターゲットが崩れ落ちるのを、不自然でないようにトロワが支えてテラスへ移動する。どさっと手すりに寄り掛けたテロリストを、他のプリペンターSP達が引き摺り下ろして拘束した。
　沈黙させる事が目的なので、弾は麻酔を使っている。最悪、他の招待客に当たっても、翌日二日酔いの頭痛が残る程度の後遺症で済むだろう。カシャン、次の弾を装填し、トロワの合図を待った。
　バタンとドアが開き、テラスに1人の男が現れる。デュオのライフルが狙う隣のテラスへスコープを向ければ、テロリストの1人だった。手に何かを持っている。
「ヒイロ・・・」
　囁いた声の緊迫した雰囲気を感じ取ったヒイロが動く。茂みに身を隠していたにも関わらず、ヒイロが動く物音がしなかった。
　爆弾だろうか、手の中にすっぽり納まる小さな箱は、もしかしたら爆弾のスイッチかも知れない。
　撃っても平気か？
　判断に迷う。
　麻酔は即効性だが、男が倒れるまでにスイッチを押すことが可能なのだ。
　スコープに写るヒイロの姿に、援護する体勢に入る。デュオが深呼吸してトリガーに指をかけた瞬間、ターゲットがスコープから消えた。慌ててゴーグルをずらして視認すると、ヒイロが男の体を引き摺り下ろすのが見える。どうやら片付けてくれたらしい。
　あと、1人。
　ごくりと喉を鳴らしたデュオの耳に、イヤホンから入る小さな声。
「最後のターゲット確認、右の木陰」
　ヒイロの声だと判断し、自分の右側を確認する。樹上にいるデュオに気づくわけもなく、20ｍほど離れた奥庭で何やら作業を始めた。おそらく爆薬などをセットしているのだろう。
　ヒイロの倒した男がスイッチらしきものを持っていた事を考えれば、爆発する危険はないと思うが、慎重に銃口をセットした。
　最後のテロリストの背中に向けて、トリガーを引く。崩れ落ちたテロリストめがけて、数人のSPが駆け寄った。
　ほっと肩から力を抜いたデュオが、身軽な所作で樹上から飛び降りる。ライフルを背負ったスーツ姿のデュオは、慣れた様子でライフルを解体していく。バラバラにしたライフルをケースに仕舞い、駆けつけたSPに手渡した。
「・・・ターゲットをすべて確保、任務完了」
　ヒイロの報告を受けた五飛は、他のSPに指示を出してテロリストを回収しているだろう。デュオは凝った肩を解すと、斜め後ろに立つヒイロを振り返った。
「じゃ、お嬢さん。お手をどうぞ」
　眉を顰めたヒイロに、デュオは笑顔を向ける。先ほど脱いだドレスとウィッグを差し出され、黒髪の美人は溜め息をついた。
「約束、だったよな？」
　そうなのだ。スイーパーに属するデュオの射撃の腕を借りるために、彼が出した条件は『パーティーへのヒイロ同伴』―――任務の為に承諾したヒイロを綺麗に着飾り、化粧まで施したのはデュオ自身だった。
　しかたなさそうな態度と表情で桜色のドレスを身にまとうヒイロに、チュッと音を立ててキスする。文句を言おうとしたヒイロの唇を深く味わい、デュオは乱れた呼吸を整えきれないヒイロを抱き締めた。
「パーティーもいいけど、ホテルへ戻ろうか？」
「・・・そんな約束はして・・な・・・っ」
　ルージュの唇が紡ぐツレナイ言葉をフレンチ・キスで遮って、ドレス姿の美人に黒髪の長いウィッグを被せる。不機嫌そうな美女をお姫様抱っこで抱え上げ、デュオは物騒な笑みを浮かべた。
「そう、約束は会場まで」
　ヒイロの耳に飾られたインカムのイヤリングを外し、足元に捨てる。次いで自分のインカムも落とすと、両方一緒に踏みにじった。怒る五飛の罵声が予想できたが、デュオは気にした様子もない。
「でも・・これからが、本当のパーティー・ナイトだぜ？」
　気障な仕草でウィンクすると、女性が見惚れそうな極上の笑みをプレゼントする。抵抗しようとしていたヒイロも躰の力を抜き、諦めた様子でデュオの首に手を回した。
「・・・楽しませてくれるんだろうな？」
　首に回した手を引き寄せ、耳元に囁いた。くすくす忍び笑うヒイロを抱いたまま、デュオは堂々と正面から車に乗り込む。スポーツカーの助手席にヒイロを乗せると、運転席へ滑り込んだ。
「お嬢様の望むままに」
　本当のパーティーはこれから始まる。

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　耳元でインカムを踏みにじるノイズを聞いた五飛は、案の定怒りまくった。トロワは苦笑し、カトルと2人で顔を見合わせる。ヒイロが来ていたことに気づいていないリリーナは、きちんと仕事を果たしたらしい・・・・・そんな後日談。

　当初は狙われたリリーナを庇うヒイロと、さらにSPヒイロを庇うデュオの話だったんだけど・・ケガすると痛そうなので（笑）少し変えてみました・・・・・。
　どうでしょ？？？？