W2×1　【MiyabihimeA】

　先日入手したばかりの封印石を持つヒイロは、舌打ちして身を翻した。どこの流派にも属さないヒイロのような術師は珍しく、また彼の能力は類を見ないほど強い。力尽くで止めることも可能だが、ここで封印石に刺激を与えるわけに行かなかった。
　しかし・・・。
　的を外した術力がヒイロを掠める。右手で跳ね返したまでは良かったが、胸元に持っていた石を落としてしまう。周囲の術力に反応したのか、水晶のように透明だった石が紫色に濁り出した。そのまま黒く濁った石に、ピシッとヒビが入る。
　こうなっては、もう封呪は通用しない。
　強力な魔物が封じられている石を破壊するつもりだったヒイロは、目を眇めて身構えた。集中していく意識から、周りの喧騒が切り離される。
　　ピシッ・・・シャラン。
　鈴が鳴る、ガラスの触れ合うような柔らかい音の直後、酒場は完全に吹き飛ばされた。

「・・・どこまでついて来る気だ？」
　眉を顰めたヒイロの斜め上にふわふわ浮いていた人影は、言葉をかけられたことが嬉しかったのか。とんっと軽い仕草で目の前に着地した。
　にこにこ笑いながら、ヒイロの蒼い瞳を覗き込む。
　ヒイロの柔らかい黒髪は前髪が少し長めで、透き通った蒼い瞳は宝石のようだ。人形より整った顔と白い肌は、黒衣を纏う魔物のお気に入りだった。
「ずっとさ。おまえがオレのマスターだからな」
　どうやら開放したことで懐かれてしまったらしい。正直いい迷惑なのだが、無表情のヒイロを面白がっているだけかも知れない。
「マスターになった覚えはない」
　通常は契約を交わして使い魔になるのだが、爆発した封印石の影響で気を失っていたヒイロを気に入った彼が勝手についてきただけなのだ。揶揄われているとしか思えなかった。
　女性受けしそうな凛々しい顔立ちと、180ｃｍ近い長身を見上げ、ヒイロは眉を顰めた。
　腰まで届くブラウンの三つ編みと、青紫の瞳、人懐こい笑みを浮かべた黒衣の青年―――
　たった一夜で数万人を虐殺し、古代帝国の首都アティンを滅ぼした魔物。そんな能力を持つようには見えないが、魔力の高い魔物は、己の姿を自在に変えられると聞いた。
　完全に人間と同じ姿を持つ魔物は数も限られ、上級魔性であることが多い。だが、今の姿が本性である証拠もなかった。
　ましてや、彼は名乗っていないのだから・・・。
　名を告げずに成立する契約はあり得なかった。
「またまたぁ、オレはちゃんと契約したぜ」
　ぱたぱた手を振って笑いながら、ウィンクして寄越す。随分ノリの軽い魔物だが、ヒイロは疑わしそうに見つめるだけだった。
「ならば聞こう。お前の名は？」
「・・・ホントに覚えてないんだ・・」
　少し悲しそうな顔をした魔物は、ゆったりした黒衣の裾を捌いて溜め息をついた。思わぬ反応に足を止めたヒイロの前に立ち止まって、真摯な眼差しで見つめる。
　吸い込まれそうな青紫だ。夜明け前の空に似ているが、もっと深くて複雑な色をしていた。
　ロングコートに似たヒイロの長衣の裾が、ひらりと風に靡く。明るい森の日中、こんな魔物が平然と歩いているのは似つかわしくなかった。
「思い出して欲しいけど、無理だろうな。あの時はヒイロも途中で気を失っちゃったし・・・デュオだ、デュオ・マックスウェル」
　ぶつぶつ文句を言っていたかと思うと、突然名乗った。
　デュオ―――すぐ口にしないのは、契約が済んでいる証拠がないからだ。契約もしていない魔物の名を呼ぶのは禁忌とされる。ましてやファミリーネームを持つ魔物は、上級ランクだった。
「・・・ヒイロ？」
　首を傾げて不思議そうにした後、デュオは悪戯好きな子供の表情で笑った。
「大丈夫だよ、呼んでも。それとも、もう一度契約を交わす？　1回でも2回でも同じだし」
　くるくる表情を変える人間臭い魔物に、ヒイロは溜め息をついた。
　どうやら彼の言葉は嘘ではないらしい。
「デュオ・・か」
「そう、ちゃんと覚えてくれよな！」
　小さく呼んだ名前にも笑顔で応えるデュオに苦痛の色はなく、契約が済んでいるのは事実だと確認できた。もし契約が済んでいない術師に名を口にされた場合、魔物は苦痛を感じる。その苦痛を取り除く方法は、術師と契約をして使い魔になるか、相手を殺すか―――2つに1つだった。
「ところでさ、ヒイロ。さっきから付いて来る魔物なんだけど・・知り合い？　オレ以外の使い魔っている？」
　無邪気に問いかけられ、ドキッとした。ヒイロは使い魔を持たない。以前はいたのだが、使役する必要を感じなかったので開放してやった。
　今のデュオの口ぶりでは、さきほどから追ってくる魔物がいるという意味に取れる。しかし、ヒイロは何も感じない。よほど距離が離れているのか、気配を消せるほど上級の魔物なのか。
　眉を寄せて考え込んだヒイロの様子を、きょとんとした顔で見つめていたデュオは、突然ヒイロの体を抱き締めた。ふわっと広がる黒衣に包まれて、視界が利かない。
　やっぱり、コイツは敵か？！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　魔物デュオ・・・本領発揮する前に前編が終わってしまいました(>_<)
　どうしても短編が無理な体質なのでしょうか？
　でも、魔物デュオは強いんでっせ？　頑張れ、マスターに認めてもらえる日まで！！！
　ちなみに、バレバレだと思いますが・・綾雅はファンタジーが好きです・・・苦笑