W2×1　【MiyabihimeA】

　情報屋レイルに調査させた結果を解読しないまま、シフェルへ転送した。彼ならば解読方法を記憶している。安全対策を兼ねた転送を終えると、端末の電源を落とした。
　暗い室内で、机の上のコップを手に取る。カーテンを閉めていないため、外から入ってくる月光が僅かな明るさをもたらしていた。リビングのテーブルには、酒瓶がひとつ。半分ほど入っている瓶を見つめながら、琥珀色をしている筈の蒸留酒を流し込む。強い酒特有の匂いが鼻をつき、喉を焼きながら通過した。
　酒や薬に強い耐性をもつデュオが酔うことはない。この場に残っている瓶の中身をすべて干しても、ふらつきすらしないだろう。だが、こんな夜は多少なりと酔ってしまいたかった。酔って意識を散らすことが出来るなら、どれだけ楽になれるか。
　くしゃりと前髪を握って肘をつき、飲み干したコップをテーブルに置いた。
「……デュオ？」
　気付いていた気配に、笑顔を貼り付けてから顔を上げる。いつも通りの表情を作って、首をかしげてみせた。
「どうした、ヒイロ。寝られないのか？」
　いつも通りに出来たはずだ。なのに、ヒイロは何も言わずに向かいに座った。普段なら嫌そうな顔をして離れていく彼の予想外の行動に、つい表情が崩れる。食い入るようにヒイロを見つめた。
「何があった？」
　逆に問い返されたデュオが先に目を逸らす。言ってもどうにもならないし、危険な業界に足を踏み入れて欲しくない。その反面、ヒイロが尋ねるならすべて話してしまおうと考える自分もいた。
　分かっているのだ。許されることはなく、自分もそんな微温湯を望んでいなかった。それでも……そう考えたこと事態が裏切りのような気がして、デュオは空のコップを引き寄せる。
　すると、奪うようにヒイロが酒瓶を取り上げた。届かない位置に置いた瓶を目で追うデュオへ、言い聞かせるようにヒイロは口を開く。
「俺に殺されるまで生きるはずじゃなかったか」
「……そうだ」
「なら、酒は終わりだ」
　反論はできた。この程度じゃ酔わないし、別に酒に溺れる気もない。それでも素直に従おうと思えたのは、ヒイロの蒼い瞳が真っ直ぐに自分を見ていたからだ。いつも逸らす美しい眼差しが、このオレを映している。奇跡のような瞬間だと思うから、ひとつ息を吐き出して肩を竦めた。
「はいはい、ヒイロに言われたら断れないさ」
　上手に笑えただろうか。表情はいつも通り作れているか。不安が過ぎるが、大げさに嘆いてみせて立ち上がった。暗い中で伸ばされた手が、デュオの手を掴む。分かっていて避けなかった手は温かく、冷えた手首にじわりと体温が伝わった。
「勝手に死ぬことは許さない」
　言い聞かせる言葉がデュオの感情を揺さぶる。
「ああ、ヒイロの命令だからな。オレの命はお前にやるよ」
　ほっとした顔でヒイロが目元を緩める。名残惜しい気分でヒイロの手を解き、デュオは自室へ足を向けた。背中に感じる視線をドアで遮って、そのままドアに寄りかかって立ち尽くす。
　さきほど掴まれた手首を見つめるが、もう体温は残っていない。だが不思議と気持ちは温かかった。
　ヒイロの母親を目の前で殺したことは後悔していない。嫌がるヒイロを引き取って育てたことも、いずれ彼にすべてを負わせるかも知れない状況も、この組織の行く末を占う存在だという事実も――どうでもよかった。
　ただヒイロを死なせたくない。
　捨てられた孤児が必死に生きて裏社会に取り込まれるなんて話はよくある。自分がそれに該当したからって、嘆く余裕も時間もなかった。ただ生きるのに必死で、勉強も銃を撃つ行為も、必要だったから覚えたのだ。人を殺して血に塗れ、汚れ仕事もこなした。そんな生き方をヒイロにさせたくなかった。
　見返りを求める気はないから、嫌われても傷つかない。ヒイロが普通の人のように不自由のない生活を送り、学校で友人を作り、やがて恋人を作ってオレを捨てて出て行くまで……ただ笑みを貼り付けて守るだけ。
「そのはず…だったのにな」
　醜い欲が出た。この手で触れられるなんて幻想、よくも見れたもんだ。目の前に持ち上げた赤い手をあざ笑い、デュオは目元を覆った。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　久しぶりすぎて、前の分を読み直して赤面する羞恥プレイ。ｷｬｯ(/д＼*))((*/Д＼)ｷｬｯ