W2×1　【MiyabihimeA】

　自室に用意させた端末の前で、デュオは頭を抱えた。部下が持ち込む時代遅れの書類を捲り、中身を読まずに元に戻す。電子署名が当たり前の現代で、なぜ紙にサインをさせられるのか。
　だが文句を言う前に釘を刺された。
「きちんと仕事してくださいね」
　シフェルが紅茶を入れながら声をかける。渋い顔をしながら、とりあえず手をつけるフリで１枚引き寄せた。
「なあ……」
「仕事、ですよ」
　区切って言い聞かせる部下の顔を見つめ、溜め息をついてペンを手にした。書類のほとんどはシフェルのサインで用が足りる。だが明らかに重要問題だったり、特殊な案件はデュオまで回ってくるのだ。
　今回はヒイロの警護計画で無理をさせた自覚があるから、さすがに逃げることはやめておこうと思う。そのくらいの分別はあった。書類を眺めてサインを行う。数枚繰り返したところで、デュオの手がぴたりと止まった。
　真剣な顔で書類を読み直し、考え込む。眉根を寄せて書類の中身を精査したあと、摘んで横に避けた。
「シフェル」
「はい」
「これを調べろ」
　避けられた書類を拾い上げたシフェルはすばやく目を通し、小首をかしげる。不足した弾薬の追加を希望する部署は、つい先頃実戦があったばかりだ。補充の量も平常の範囲内だった。何か調べる必要がるようには感じられない。
「……補充品の３列目だ」
　指示されたのは、補充品リストの３列目――銃火器ではなかった。地下室の壁の修復に必要なパーツが並んでいる。
「襲撃されたのは地上階だぞ。どうして地下室の修復が必要なんだ？」
　そこでようやくシフェルも異常に気付いた。裏口から突入されて２階で応戦したため、地下室は関係ない。そもそも武器の補充リストは３０列近くあるのに、壁の修復が上位に記載されるのは不自然だった。
「確かに、おかしいですね」
「任せる」
　敵が組織内にいると知るから、デュオの見る目は厳しい。なんらかの作為があって、実行部隊トップのデュオに知られぬよう動くならば、紛れ込ませた大量の書類にこそ証拠が眠っているだろう。
　通常なら見過ごされそうな変化を指摘した書類は、全部で５枚。うずたかく積まれた書類の量からすれば僅かだ。しかしデュオに回らずに処理された書類の中に、同様の誤魔化しが紛れている可能性もあった。
「全部オレが確認するのは物理的に無理だ。外注に出してやれ」
「はい、レイルさんには私からご連絡しますか？」
「いや、オレが直接話す」
　慣れた指先が数十桁に及ぶパスワードを入力していく。ある程度ランダムに変わる番号が、接触困難といわれる情報屋の端末へコールを始めた。待たされるのはいつものこと、デュオは取り出した煙草に火をつける。自宅はヒイロがいるから吸わないようにしていたが、仕事中はよく口にした。
　いつものくせで紫煙を吐き出して、灰皿がないことに気付く。舌打ちして代わりの容器を探そうとしたデュオの前に、シフェルは呆れ顔で灰皿を置いた。ヒイロには気を使うが、それ以外ではまったく他人の目を気にしない上司は、とんでもない場所で煙草を咥えて吸い始める。後片付けを担当するシフェルは、悲しいほど身についた習性で灰皿を用意していた。
「お、サンキュ」
　礼を言って灰を落としたところで、通信画面が開く。
　真っ赤な赤毛の青年は寝起きなのか、目元を擦りながら「おう…」と声を出した。時差を考えれば、向こうは深夜だ。当然の結果だが、相手の生活時間帯や時差を考慮して動くほどデュオは優しくない。
「なんだ、デュオか」
「他に誰がいるんだよ」
「そうだな、こんな非常識な時間に連絡するのはお前くらいだ」
　応酬が一段落し、レイルはひとつ大きく欠伸をして瞬いた。後ろが暗いままなのは、部屋の風景を隠す意図より後ろで寝ている恋人の存在故だ。再び欠伸をした友人へ、デュオは用件を切り出した。
「ユダの洗い出しを頼む」
「やっと動く気になったか……ところでおれを信じていいのか？」
　揶揄う口調で、わかりきった答えを待つ赤毛の情報屋へ、デュオは肘をついて画面に笑みを向ける。その表情は楽しそうな色を浮かべていた。
「信じてるぜ？　疑われるなんて心外だな」
　その思惑たっぷりの返答に、レイルは両手を挙げて降参を示した。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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今年はオリジナルを書き始めたり、いろいろ個人的な変化がありました。そのぶん、21が後回しになり申し訳ない限りです。飽きたとか、嫌いになったわけじゃないのですが、長く付き合ったジャンルだけに甘えが出てしまいました。来年はもっと沢山更新したいですね。
　追伸：恒例の年末年始SSは更新予約をかけます♪