W2×1　【MiyabihimeA】

　一緒に庭で遊んでいた妹は蝶々を追いかけて、芝の上をよたよたと走っていた。少しだけ目を離して手元のおもちゃに夢中になったらしく、気づいたら妹の姿はなかった。連れ去る車の音はなく、叫んだ妹の悲鳴もなかったのに…。だから攫われたなんて思わなくて、母親が呼びに来て青ざめるまで”事件”だなんて思わなかったのだ。
　数日後みつかった妹はぼろぼろで、可愛かった顔は腫れて誰だかわからない。自宅の前に放り投げられていた袋を、興味半分で開いたのだ。見つけた肉の塊が妹だなんて理解できず、悪臭漂うそれを母親に見せてしまった。
　被害者の母親の声は、あのときの悲鳴を思い出させる。


　顔を曇らせたシフェルを見上げるデュオはひとつ深呼吸をした。彼が捜査官を目指した動機は知っている。自分の部下として配属された人間の過去は、すべて調べて飲み込んでいた。トラウマも動機も知っておいて損はないから。
　だからシフェルがなぜ、こんなに”子供の誘拐事件”に拘るのかも理解できた。共感はできないけれど、いつも頑張ってくれる彼に報いたいと思うくらいにはシフェルを認めている。
　それゆえに口をついた一言。
「久々に本気出しますか」
　薄グレーのファイルに綴じられた資料は１６名で、警察関係５名に消防関連が１０名、学校の教師が１名だった。最近結婚式や旅行といった事前の届出による休暇をとった者が１２名、残り４名も病気や家庭のトラブルで休んでいる。
　昨日の資料を思い浮かべた。
　誘拐された子供は７～８歳、自分で長距離を移動できる手段を持たない。特段裕福というわけではないが、不自由のない生活を送れる家の子供ばかりだ。金か明るい茶色の髪と青目の白人を欲しがるならば、ヨーロッパへの輸出…？　いや、アメリカでも白人至上主義者の家庭で跡取りがいないなどの条件が揃った人物が絡んでいるかもしれない。
　そこでふと違和感を覚えた。
　見つかった少年の死体検案書を引き寄せ、図や写真を睨み付ける。首に大量のすり傷、胸部から腹部へ切り裂いた刃物による傷、死因は失血？　売買する子供を商品と考えるなら、犯人は大切に保管しただろう。手首を縛る縄は使わなかったのも頷ける。だが、首のすり傷はおかしい。見える場所に傷をつけるなど考えにくかった。
　大量のすり傷の方向性はすべて同じ、つまり首輪のようなもので擦れた痕だと推測できる。
「…シフェル、昨日の月は？」
「つき、ですか？」
「新月じゃなかったか？」
　畳み掛けるようなデュオの声にふざけた響きはなく、睨み付ける資料の上で爪が机を叩いた。考え込むときの彼の癖に気づき、記憶をたどる。昨夜は暗く、街灯がないと歩けないほどで…。
「そうです」
　暗かったのではなく、月が見えなかったのだ。
　思い出したシフェルは慌てて頷いた。昨夜は月がなく、だから夜空に向けてため息を吐いたのだ。歩いて帰ろうとしたところに本部から”子供の死体が発見された”と連絡が入り、すぐデュオへ電話した。彼は出なかったが、そのときに暗い中で夜空を見上げてため息を吐いた記憶がよぎる。
「…まだ死体が出るぞ」
　予言めいたデュオの一言に、シフェルは息を呑んだ。
「どういう…っ」
「説明してやるから」
　落ち着けとゼスチャーで示され、ぐしゃりとブロンズ色の髪をかき上げる。大きく深呼吸し、少し溜めてからゆっくり吐いた。数回繰り返せば、のぼせ上がった頭が冷静さを取り戻す。
「昨日のプロファイリングどおり、犯人は”依頼された子供”を誘拐した。その子供は予定通り売れたが、予備として残り４人を誘拐したんじゃなく…別件で注文が入ったんだ」

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　ヒイロが一度距離を置いてしまったので、デュオは別件で動いています。どうなることやらｗ