W2×1　【MiyabihimeA】

「ヒイロさんのお名前？」
　記憶力はいいデュオが、電話などでメモをとることはない。電話番号や住所を告げられても一度で暗記してみせた。その彼がわざわざヒイロの名前をメモする理由は何だろう。
　シフェルは眉を顰めた。
　記憶の片隅を過ぎるのは「犯人像がヒイロを示す」という彼の言葉だ。デュオが「美人だといい」と付け加えた際は冗談だと思っていた。彼お得意のジョークで、大した意味合いはないのだと…。だから報告書から「美人」という単語は外してある。その直後にヒイロと会った話をして、彼を美人さんと呼んだ。
　もしかしたら、あの言葉の意味は重いのかも知れない。
　連続殺人の最初はビルの間で女性が殺された事件だった。あの事件の話をした直後、デュオはふらりと出かけて「ヒイロさんに声を掛けた」らしい。途中の計算式をすっとばして答えを導き出すデュオ特有の理論で、犯人だと疑うべき理由があったのではないか？
　肩にかかるブロンズ色の髪をかき上げ、シフェルはメモの解読を続けた。
　書かれていた文字は単語ばかりで意味を成さない。怒り、追跡、脅迫、愉悦、獲物―――これらの単語の中で、固有名詞はヒイロの名前ひとつだった。
「…まさか」
　呟いた瞬間、ふと既視感に襲われる。
　人並み外れた記憶能力を総動員して思い出せたのは、車の中でデュオが呟いた言葉。自分を狙う殺人犯が発見された朝の車内で”まさか…ね”と何かを否定する言い方をした。そして考え込んだ後、見つかった死体が首のみだったことを当てた。
　デュオさんは、この時点でヒイロさんが犯人だと確証を持ったのでは？
　浮かんだ疑問に、シフェルは苦笑いを浮かべて首を横に振る。
　もし連続殺人犯がヒイロさんだとして、デュオさんがその後も付き合いを続けるのはおかしい。一緒に食事をしたり、ましてやこの部屋に連れて来る筈がなかった。
「まったく…考えすぎてしまいました」
　己の恐ろしい予測を打ち消すように声に出して否定し、シフェルはメモをファイルの一番上に挟んで閉じた。

　デュオが望んだ通り、明太子のパスタを用意する。サラダと焼いたハム、白ワインを添えて並べた。
「ヒイロ、手際いいよな」
「お前は料理をしないのか？」
「いや、するけど…１人だと凝った料理はしない」
　向かいにさっさと陣取ったデュオが、サラダにドレッシングを添えるヒイロの手元を見つめる。さきほどまで弄っていた花は、いつの間にか向きを変えてあった。どうやら陽光が当たる方向を考え、新しく出た蕾に光が当たるように回したらしい。先日来た際も同じことをしていたのを思い出す。
「花は好きか？」
「好きだぜ。手を入れた分だけ、綺麗な花を咲かせて返してくれるからな」
　サラダの上のミニトマトを、ひょいっと摘んで口に放り込む。行儀悪い仕草なのに、魅力的に感じるのは”極上の獲物”だからか。目を細めたヒイロが白ワインを手に取った。
「乾杯」
　白ワインを手にしたデュオがグラスを掲げる。触れる寸前だったグラスを少し傾けて、ヒイロは喉を潤した。
「えっと…家族の話だっけ？」
　どう切り出そうか考えていたヒイロの先手を打つように、デュオは自ら話を持ち出した。突然尋ねられた時の沈黙が嘘みたいだ。にっこり笑顔を添えて、デュオはグラスを揺らした。
「オレは親の顔を知らない。まだ生きてる筈だが…見たことも話したこともない」
　会ったことも…ではなく、見たことと表現した不自然さにヒイロは眉を顰める。それを違う意味にとったらしい。デュオがワインを飲み干してサラダをつつきながら、完璧な笑顔を作った。
「母親はオレを生みたくなくて生まされた。強姦らしいけど…まあ、口さがない大人がみんな教えてくれたぜ。父親に孕まされた母親は敬虔なキリスト教徒でね、堕ろす選択肢はなかった。で、生んだ結果…育児を放棄したんだと。両親ともに優秀な学者だったから、きっと子供の知能も高いだろうと踏んだ研究機関に引き取られ、まあ知識だけは山ほど詰め込まれた」
　他人事のように淡々と話を進める。悲壮感はないから、同情は必要ないのだろう。
「生活に必要な金は連中が出してくれたし、ちゃんと結果を出せば文句も言われない。周囲が同情するほど悲惨な育ち方したとは思ってないぜ」
　青紫の瞳は乾いていて、己の運命を悲観する色は浮かんでいなかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　過去が暗いのはでぉのデフォです。ヒイロだと悲壮感あるけど、でぉだと明るく話せてしまう。しかも重い内容でも、本人は気にしてない。強がりじゃなく、殺されずにラッキーくらいの感覚だと思いますｗ