W2×1　【MiyabihimeA】

　ベッドに寝転がる身体の位置を入れ替えて捕らえた存在は、大きく目を見開いて呆然と見上げてくる。その蒼く透き通った瞳に責められている気がして、デュオは大きく息を吐いて身を起こした。
　吐いた息は熱く、触れるヒイロの肌は冷たい。まだ濡れたままの長い髪が、檻のようにヒイロを囲っていた。
　なぜヒイロが…？　普段なら近づいてこないのに、よりによって今日に限って…いや、そんなことを考えている場合じゃない。ぐらぐらする頭で必死に言葉を探した。
「悪い、傷つけるつもりはなかった」
　起き上がって手を差し出せば、まだ言葉が出ないヒイロは無言で手を取った。振り払う余裕もなく、置かれた状況を反芻しながらベッドに座りなおす。無意識に手が首に伸ばされ、さする仕草を見せた。
　物騒な裏社会で生き抜いてきたデュオは、たとえ意識が混濁していても敵を排除しようとする。それが熱で意識が浮かされた状態なら尚更、近づく他者をすべて敵とみなしてしまう。熟睡しているようでも、身体は完全に警戒を解いていなかった。
　その習性をヒイロに理解させようとは思わない。こんな哀れな生き方、ヒイロには似合わないからだ。誰も信用せず、自らの能力だけで生き抜くような社会に身を置いて欲しくなかった。
　だから、可能な限り遠ざけてきたのに…。
　伸ばされた手の気配を確認するより先に、熱で危機感を高めた身体は訓練された動きで相手を拘束する。ヒイロの手首を掴んで引き倒し、その反動を利用して上下を入れ替えた。同時に相手の反撃を防ぐために足を絡め、右手は気配の主の首を掴む。
　ヒイロにしてみれば、突然手を掴まれて世界が反転し、叩きつけられた背と首筋に痛みを感じたことだろう。恐怖が浮かぶより先に、ただ痛みが全身を支配した筈だった。
「痛むか？」
　素直に頷いて俯くヒイロへ、しゃがみこんで視線を合わせる。さらりと柔らかい黒髪を指先で透いて、ゆっくり撫でた。穏やかな動きに落ち着いてきたのか、ヒイロは小刻みに震える肩を自ら抱き寄せる。本能的な震えはどうしても止まらず、困惑したヒイロが顔を上げると、困ったような顔のデュオが呟いた。
「本当に悪かった」
　赤い手の跡が残る首筋に目をやり、きちんと乾かさなかった髪を無造作にかき上げる。下から視線を合わせて謝罪するデュオの態度に、ヒイロの震えが僅かに和らいだ。人は上から見下ろされると用心するが、目線より下に位置するものは警戒しない。
「っ、ど…して」
「寝ぼけたみたいだ、首のところ冷やしておいた方がいいか。ごめんな」
　ヒイロが聞きたかったことをぼかし、曖昧に誤魔化す。これ以上聞かれる前に立ち上がると、バスルームで新しいタオルを準備した。水を浴びた手が痛みを感じる。それだけ熱がある証拠だろう。他人事のように考えながらため息を吐いた。
　タオルを冷やして戻ると、何か問いたげなヒイロの眼差しを避けるように顔を伏せる。足元に膝をつくとタオルでそっと首筋を冷やした。痕が残ることはないだろうが、数日は痛むかも知れない。
「明日も痛かったら病院行こう」
　明らかに首を絞められた指の跡がついているが、それらを気にせず診察する医者や病院は組織が抱えていた。あまり関わらせたくないが、ヒイロの痛みをとる方が優先だ。そう考えて提案するが、ヒイロは無言で首を横に振った。
　そのまま立ち上がって自室へ戻るヒイロを見送って、がくりと崩れ落ちる。
「…まいったな」
　思ったより傷による熱は高かったようだ。いつもならヒイロの気配を見誤ったりしない。だから傷つけることはないと高を括っていた。それだけ自らの能力を信じていたといっても過言ではない。
　なのに、この程度の傷でヒイロに気付かれたあげく…無意識に攻撃した。
　身体の防衛本能による反射的な行動だと理解していても、ヒイロを傷つけた事実が胸に突き刺さる。高熱に滲んだ汗を手の甲でぬぐい、苛立ちに拳を握り締めた。爪が手のひらを傷つけても…解くことなく。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　あらあら、でぉさんがヒイロ様を傷つけるなんて。自己嫌悪すごいだろうな。でも指の跡で済んでよかったというべきか、首の骨折られかねん…（汗）　でぉはしっかり反省するといいよ。