W2×1　【MiyabihimeA】

「…っ、デュオさん！」
　飛び込んだ部下の声に、ひらりと手を振って無事だと示した。ターゲット不明の狙撃だが、普通に考えるなら自分が狙われたのだろう。右上腕部を掠めた弾が切り裂いた服を指先でつまみ、顔を顰めた。
「…経費で落ちるか？」
「くだらないこと言ってないで…手を出してください」
「はいよ」
　這うように近づいたシフェルの叱咤に腕を無造作に差し出す。ついでに握った銃も一緒に引き出した。これだけ混乱した場なら、銃ぐらい持っていても目立たない筈だ。実際、周囲はＶＩＰのＳＰ達が銃を構えてうろうろしていた。
　シックな淡いベージュの絨毯に、あちこちで引っくり返った料理のシミが広がる。割れた赤ワインが血のように壁や床を汚し、招待客のドレスにも飛んでいた。お陰で撃たれたデュオの血も目立ちにくい。
「応急処置だけですが」
「サンキュ」
　止血用に縛っただけの腕を確認し、デュオは壁の時計に目をやる。示された時刻は、そろそろお暇しようかと考えていた２０時を示していた。
　見回した先は護衛に抱えられて逃げる連中ばかりで、少し考える仕草を見せたデュオが部下を振り返る。
「あのさ」
「ダメです」
　帰りたい―――そんな上司の言い分を先読みしたシフェルの却下に、唇を尖らせる。子供じみた所作で、血が滲む右腕を示した。
「ケガしてるじゃん」
「そうですね」
　それが何か？　平然と切り返され、デュオは視線を泳がせる。つい最近、シフェルがケガをした時に「動けるくせに何だ」とこき使った記憶が甦った。あの時の意趣返しなのは間違いない。
「帰り、たいんだけど…」
　下手（したて）に出てみるが、顔の整った部下はにっこりと笑みを浮かべてのたまった。
「…まだ仕事が残ってますよ」
　二人の間を冷たい風が吹きぬける。割れたガラスが散らばるパーティー会場は、屋外より冷たい空気に晒されていた。丁寧に整えられたテーブルセットも、着飾った人々が笑いあった空間も、お洒落なシャンデリアの輝きが無慈悲に照らし出す。
「すぐ片付けるから」
　スーツの胸ポケットに飾られていたスカーフを引き抜き、右手の銃を伝う血を拭う。さっと銃の状態を確認して、左手に持ち替えた。慣れた所作で安全装置を外し、ソファの向こうへ照準を合わせて無造作にトリガーを引く。
「…これでいい？」
　物騒な行為と裏腹に、頼み込むように尋ねる。ソファの向こう側を確認すれば、さきほど狙撃手をチェックするよう手配した部下からの合図が届いた。殺気をまとわないデュオの銃弾が、どうやら敵を捕らえたらしい。
　敵は片付いたし、あとは報告書作成なのだが…腕のケガを理由にサボるのは目に見えていた。
「病院にいきますか？」
「いや、帰る」
　ここまで頑なに帰りたがる理由が、ヒイロの夕食に付き合いたいから…というシンプルな欲望に従ったものだと、誰が信じるだろうか。きっと組織の上層部も含め、誰１人信じない。
　諦めのため息を吐き出し、シフェルは緊張に強張った肩から力を抜く。帰るつもりで銃の手入れを始めた上司を横目に、シフェルは迎えの車を手配すべく立ち上がった。

　昨夜の苦い思いを繰り返したくなくて、ヒイロは無言で食事を始める。味は極上、そこらで外食するより上等な料理だ。栄養バランスも彩りも申し分ない料理を、黙々と胃に収めた。
「ただいま、ヒイロ♪」
　ご機嫌な声で顔を見せた男に違和感を覚える。普段なら真っ直ぐに近づいてくる筈のデュオは「着替えてくるな」と自室へ足を向けた。その後姿で違和感の正体に気付き、咄嗟に手を伸ばす。
「っ！」
　予想外だったのか。掴まれた右腕を強張らせたデュオは、一瞬息を飲んだ。誤魔化すように笑みを作って振り返る。
「どうした？　寂しかった？」
　首を横に振って手を離す。舌打ちしそうなヒイロの表情を肩を竦めてやりすごし、デュオは踵を返した。その背を見送るヒイロは、気付いてしまった事実に唇を噛みしめる。
　気付かなければ…よかった。

　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　ケガをするのは、うちのでぉのデフォ！ですから。血まみれなのが似合うｗｗｗ　他人の返り血でも、自分の血でも、彼は赤と黒が似合うのよねぇ。