W2×1　【MiyabihimeA】

　時々紛れ込む一般人とも違う、頬杖ついてこちらを見つめる珍客に、ヒイロはわずかに口元を綻ばせる。
　多少驚かされたが、不快感は湧いてこなかった。ひらひらとこちらの注意を引くように手を振ったあと、大人しく傍聴の姿勢を見せる男は、長い三つ編みの穂先を指で弄っている。どうやら授業が終わるまで待つつもりらしい。
「先日の続きからだ」
　一斉に手元のノートパソコンを覗き込む学生達へ、ＵＲＬやＩＤ、パスワードを示した画面を送信する。講義を申請している学生のメールアドレスは把握しているため、送信されたメールからそれぞれに学習を始めた。各人の画面から進捗状況を確認しながら、ときどき手を出してヒントを与えていく。
　普段なら退屈な授業が、１人の観客によって色を変えていた。
　不躾なほど注がれる視線がどこか心地よい。ヒイロは機嫌よく授業を終えると、学生が去った講堂に残る観客に声をかけた。
「…捜査機関の人間が、何の用だ？」
　硬い口調と声は、拒絶しているように広い室内で反響した。三つ編みをぽんと背へ投げて、立ち上がった男は嬉しそうに近づいてくる。どうにも連邦捜査局の重要部署の人間には見えない。どちらかといえば、バーガーショップなどで笑顔を振りまいているイメージだった。
「この街で連続殺人が起きてるんだけど、少しばかり協力してもらえないかな…と」
「連続殺人？」
　そんなものが起きているとは知らなかった。そう嘯（うそぶ）くヒイロの前まで来ると、デュオは満面の笑みで情報チップを数枚差し出す。まったく警戒した様子がないデュオに、ヒイロは無言で手を伸ばした。
　渡されたのは、防犯カメラによく使われる記録媒体だ。黒い表面には、日付と場所らしき記号が記されていた。
「これを解析する手伝いを頼みたいんだ」
　じっとデュオの瞳を覗きこむ。青紫の瞳は水晶のように光を通すが、真意は読み取れなかった。
　疑われているのか。何も知らずに専門家に助けを求めただけか。一瞬躊躇し、眉を顰めたヒイロが小首を傾げる。
「正式な要請か？」
「…うーん、書類で要請した方がいい？」
　口調が崩れると、途端にデュオの印象が変わる。見た目以上に中身は幼いのかと分析しながら、ヒイロは無言で頷いた。
「そっか…。じゃあ書類用意してくるわ」
　にっこり笑って、渡した情報チップをヒイロの手から回収する。わずかに触れたデュオの指は冷たくて、肌が粟立つ感覚にヒイロは身を震わせた。講堂の中は暖かく、春が完全に訪れていない外とは比べ物にならないほど過ごしやすい。その部屋の中に１時間はいた筈のデュオが、なぜこんなに冷たい手をしているのか…。
「ところで、あんたのこと”ヒイロ”って呼んでいい？」
「何故だ？」
「オレをデュオって呼び捨てでいいからさ」
　会話が成り立たない。
　宇宙人と話している気分だ…。呆れ半分のヒイロへ、「お願い」と手を合わせて視線を合わせてくる仕草は、悪気がなく憎めない雰囲気が漂っていた。
　こういう輩は何を言っても聞かないだろう。
　自然と表情が和らぐ。
「いいだろう」
「ちょっと、デュオって呼んでみて？」
　学生のようなノリで待っている年上の筈の男へ、ひとつため息を吐いた。だが諦める様子はないので、仕方なく呼んでやる。
「デュオ…」
「やっぱヒイロの声はいいな。特別な気がする」
　よくわからない感想を呟いているが、どうやら声を褒めているらしい。前回話したときに気に入られたのか…悪い気はしないヒイロが曖昧に笑みを作る。
「…東南アジア系、チャイナって感じじゃないから…日本人かな？　目が蒼いけど、フランスあたりの血じゃないな。顔立ちからいくと、北欧系。一人っ子か、兄弟姉妹は年が離れてる―――当たってる？」
　前回もそうだが、デュオは無邪気に土足で他人のパーソナルエリアに入り込む。ある意味、天才的なカンのよさと…どこまでも不躾で失礼な遠慮のなさ。それでも憎まれないのが不思議な男だ。プライバシーに入り込もうとする人間は嫌いな筈の自分が、どうしてか興味をもってしまう。
「両親の出身はわからない捨て子だが…一人っ子なのは当たっている。引き取られた家にほかに子供はいなかったからな」
　隠す必要もない事実を淡々と話せば、「悪いこと聞いちゃった」と顔に出して反省するデュオに、さらに興味がそそられた。
　ああ…次の獲物は彼にしよう。
　漠然とそう決め、ヒイロは「気にするな」とデュオに背を向けた。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　ヒイロさん、ロックオン♪　デュオはわかっていて付きまとっているのか、知らずに虎の尾を踏みにじってるのかｗｗｗ