W2×1　【MiyabihimeA】

　まだ少年と呼んで差し支えない、幼く見える青年は手際よくカーテンを開けていく。
　いつもと同じ朝だ。紅茶を用意し、朝食はサラダ、ハムサンド、フルーツとヨーグルト。毎朝同じメニューを、テンプレートとして変化なく淡々と繰り返していた。
　朝陽が入る南側の窓は明るく、視線の先で芝生が青く輝く。今日も天気はよさそうだった。雨の様子はないから、シーツを洗濯するのもいいな…そう考えながら食べ終えた食器を片付ける。普段と変わらない、平凡な日常が始まった。

「なぁ、ちょっといいか？」
　休日に一週間分の食材を買う青年が呼び止められたのは、長い三つ編みを揺らす長身の男にだった。この国では一番多い人種、１９０ｃｍ近い身長で見下ろす男からほんのり甘い匂いが漂う。
「なんだ？」
　知らない人間が見たら機嫌が悪いのかと思うほど無表情で、平坦な声が青年の口から飛び出した。
「この辺で、この人見なかった？」
　ＦＢＩの手帳と一緒に写真を見せる。そこに写ったひとりの女性は笑顔を浮かべており、カメラ目線であることから、友人などが撮影した写真だろうと思われた。じっと見つめ、青年は首を傾げる。
「知らない、と思うが…」
「どこかで見た気がする、とか？」
「覚えていない」
　今度は言い切った青年を、デュオはじっと見つめる。
　白人であるデュオより小柄な青年は、白人と黄色人種のハーフあたりだろうか。象牙色の肌と黒髪、吸い込まれるほど蒼い瞳が印象的だ。彼に声をかけたのは、単に好みだったのもあるが…歩き方が”異常”なほどキレイだったから。
　アスファルト舗装された駐車場は、風や車両が持ち込んだ砂が散らばっている。この近くに海があることも手伝って、かなり砂利は多いだろう。なのに、足音がしなかったのだ。
　他の人の足音は聞こえるのに、彼だけ足音が聞こえなかった…。「だからなんだ」と聞かれたら答えられないが、それがデュオの気にかかっていた。
「そっか…。なんか思い出したら連絡してよ」
　そう言って捜査本部の連絡先を渡す。大量印刷で用意されたカードに、さらりと自分の名をサインして渡した。
「この名前で呼び出してくれたら、すぐに応じるから」
「ああ」
　受け取ったカードをポケットにしまって歩き出す青年へ、デュオが手を伸ばす。触れる寸前に振り返った青年に笑顔を向けた。
「まだ何か？」
「いや…名前が知りたいなって思ったんだけど」
「必要か？」
「うーん、捜査には必要ない。オレが知りたかっただけ」
　言外に答えなくても問題はないと告げ、にこにこ笑いながら待つ。これでは仕事にかこつけたナンパなのだが、気にするような神経はデュオになかった。
「ヒイロ・ユイだ。この先の大学で教えている」
「大学の先生？　そりゃすごいな！　数学とか？　あ、コンピュータ関連かな」
　癖で、ヒイロの観察をしながら話しかける。手に残るタコが、キーボードを操ることが多い彼の立場を物語っていた。度のない伊達メガネをシャツの胸ポケットにさしているのは、ブルーライト対策だろう。
「情報処理、プログラミングだ」
「へえ、あ…引き止めて悪かったな。これから買い物だろ？　よい休日を」
　ひらひらと手を振って歩いて行くデュオの背を見ることなく、ヒイロはすぐに踵を返す。店の入り口で一度振り返り、その口元に笑みを浮かべた。わずかな会話で、ヒイロに関する様々な事項を言い当てたデュオに興味を引かれる。珍しいタイプの男だ。
「…興味深い」
　もう一度くらい会ってもいい…久し振りにそう思えた男を思い浮かべ、ヒイロは笑みを深めた。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　ヒイロさん、めちゃくちゃサイコですね…。偶然の職務質問なのか、ただのナンパか…あるいはヒイロを疑う何かがあったのか。デュオの考えは読めませんが、いきなりの急接近ですｗ