W2×1　【MiyabihimeA】

「…っ」
　見落としていた事実に、ヒイロが息を飲む。そうだ、現場から見つかるはずの鍵がなかった。殺し方や手口が似通っていたために、誰もが連続殺人だと思い込んだだけ。
「解体に愉悦を感じるあんたは部屋を閉め切って作業をする。血の臭いや感触、音…何もかもが好ましいだろうからな。だがジョンは違う。死体を見て嘔吐する正常な精神の持ち主にとって、恋人の疑いを逸らすための殺人は不快だった。窓を開けて臭いを散らし、検死で見たとおりにバラそうと解体作業を焦る…。結果、彼女にクスリが回っていないことに気付けず、途中で被害者は意識を取り戻してしまった。もう少し薬の量を増やして時間を置いていたら…目覚めることはなかっただろうに…」
　残念そうな口調で呟いた最後の言葉が、ひどく乾いて聞こえる。被害者を哀れむ口調がどこか上滑る印象を与えた。
　前髪をかき上げたデュオの手から、ジョンの写真が足元に落ちる。咄嗟に拾うとしゃがんだケインの手をしっかりと踏みつけ、デュオはさらに体重をかけた。
「…なにを…っ」
「ジョンがオレを襲ったのは、あんたが泣きついたからだろう？　”逮捕されたくない、お前と離れたくない”と恋人に縋って殺害を覚悟させた。だが言葉として”殺せ”と依頼はしない。なぜなら、彼に犯人役を押し付ける予定だったのだから」
　自分の身代わりに連続殺人犯としてジョンを突き出す。己の保身の為に、恋人として必死で庇おうとしてくれた青年を死刑台に送ろうと考えた。
　突きつけた事実に息を飲むケインだが、踏みつけられた手が抜けない。
「―――さて、司法取引をしようか」
「この男とか？」
　嫌悪感を滲ませたヒイロの声に、デュオは頭を振った。
「ジョンと、だ」
　満面の笑みでデュオが廊下の方を振り返った。ドアが静かに開き、真っ青な顔をした青年が震えながら足を踏み出す。
　なぜ呼ばれたのかわからぬまま、命令どおりドアの前に待機していた。中から聞こえてきた声は、まるで自分達の関係を直接見て知っているように詳しく罪を暴く。痛む足で踏みしめた絨毯は柔らかく、あの日の真っ赤な部屋を思い出させた。
　吐き気がする。新米刑事として現場で何度かデュオと会っている青年は、歯の根がカチカチ鳴るほど怯えていた。
「ジョン、何も聞くな。すべて嘘だ！　…痛っ」
　叫んだケインの手をさらに強く踏んで黙らせる。
「負け犬ほどよく吠える…。躾は後にして―――ジョン・アダムス。お前がオレを襲った件は見逃してもいい。ほかに被害者もいないし、オレが不起訴にすれば終わりだ。だが妊婦を殺したことは許されない。３０年ほど求刑したいところだが、母親と胎児の命を奪った行為はこの男に”脅されて”己の命を守るために仕方なく従った。つまりジョンも被害者であり、自供して捜査に協力した分を相殺して…５年の実刑。それでいいな？」
　念を押す形で頷くように促すデュオへ、ジョンは驚いたように目を向ける。殺人犯に対して、一瞬だけケインに視線を落として、迷いながら小さく頷いた。その動きを確認し、笑みを消したデュオは痛みに浮かんだ汗を乱暴に拭う。
「…ヒイロ、しっかり”供述”を書き残してくれ」
　作られた供述を否定するケインの叫びを無視し、デュオは靴底で男の手を踏みにじる。
「やかましい、静かにしてろ」
　連続殺人犯の抗議を一言で封じ、レディに向き直った。
「１２年前と今年の連続殺人犯はケイン・フライスキー上級捜査主任。最後の殺人のみ、実行犯はジョン・アダムス。彼は上司であるケインに”脅迫”され、アリバイ工作の殺人を”強要”された。オレの襲撃事件はケインとジョンの共謀による証拠隠滅のためだが、罪の意識に苛まれたジョンは司法取引に応じてすべてを”自供”した―――ＯＫ？」
「……それで…いいのか？」
　驚いたように目を瞠るレディが零した声に、デュオはひょいっと軽い仕草で肩を竦め…すぐに激痛に顔を顰めた。
「いいもなにも、自供がそうなってるんだから…仕方ないだろ、な…ヒイロ」
「司法取引による”自供”なら仕方ないな」
　明らかに事実を捻じ曲げている。
　だが、デュオとヒイロが口裏を合わせれば、絶対に引っ繰り返せない”供述”だった。
　殺人依頼をしたレディを許したのは、彼女が妊娠しているからだろう。子供を塀の中で生み、乳飲み子が母親と引き離される状況が一瞬で脳裏に浮かんだ。
「さて、それじゃ…逮捕して牢に放り込むか」
　足元で骨の折れた手を必死で引き抜こうとしている犯人に顔をよせ、デュオは嫣然と笑った。

　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　プロファイリングというより、紐解いた謎を気に入った形に結び直したデュオのあやとりみたいな話ｗｗｗｗ
　しかもなぜかヒイロが納得しちゃってるし。しかもこれ、シリーズ化したいｗｗｗｗ