W2×1　【MiyabihimeA】

「…警察官？」
　知らなかったヒイロが眉を顰める。寄りかかった背中にクッションを押し込んで楽な姿勢を作りながら、デュオはにっこり笑ってみせた。
「そう、２度目の殺害現場で会ってる筈だ。彼は規制線を張る担当だったからな」
　言われて記憶をあさるが、デュオのような能力がないヒイロには思い出せない。すれ違って挨拶しただけの人物の顔まで覚えていないのが普通だった。忘れられない記憶をさらりと披露したデュオが、次の紙束を拾い上げる。
「あの警官の顔を見た瞬間、真犯人がわかったんだよ。あの男に連続殺人は無理だ。もっと臆病で…そうだな、脅されて手伝わされることはあっても主役は務まらないだろう。だいたい、彼は足を引きずっていなかった」
　本部で襲撃されたとき、大腿部と脇腹を撃った。貫通していたと仮定しても、一ヶ月は痛みが残る筈だ。どんなに大量の鎮痛剤を服用しても、痛みと傷口は動作に支障を与える。なのに、あの警官は右手を大きく振りかざしてナイフをつきたて、挙句、足を引きずることなく連行された。
　防弾チョッキに阻まれた病院での銃弾と違い、最初の襲撃は反撃を予想しなかった犯人の身体に傷を刻んだのだ。あんなに動けるはずがなかったし、何より彼では”プロファイリングの犯人像に合致しない”。
「…レディ」
　上司へにっこりと笑顔を向けたデュオは、次の資料に手を伸ばす。僅か数枚の資料をひらひらと揺らしてみせ、答えを待つように彼女を覗き込んだ。
「確かに、あの男は金で雇った。私の名前も知らない筈だ」
「麻薬の横流しくらいはしてたんじゃないか？　それをネタに脅した、とか？」
　目を見開いたレディが「なぜ…」と呟く。その赤い唇を見つめながら、デュオは笑みを深めた。
「さっきも言っただろ？　あの男は主役の器じゃないって…」
　その程度の小さな犯罪しか手を出せないだろう。だが何も弱みがなければ、彼女があの男を雇う理由がなくなる。
　最後に残った紙束をヒイロに差出し、居心地悪そうにクッションを引っ張る。黙って聞いていたヒイロがクッションの位置をずらし、渡された書類を数枚捲った。
　空調の風が冷たく感じられる。
「連続殺人犯は４６１の殺人で被害者の腹部に妊娠の兆候を見つけた。提供された４６２の被害者データに興味を持ち、彼女も妊娠していると思い込んだ」
　断罪する口調のヒイロが口にした「妊娠」という言葉に、レディの顔が青ざめる。その変化に同情するつもりのないヒイロが続けようとした言葉を、デュオが己の言葉でさえぎった。
「最初の彼女は妊婦の自覚はなかっただろうな。だから、渡された薬入りの飲料をあっさり口にした。だが…次のターゲットは妊娠を自覚していて、他人から渡された飲み物に口をつけなかった。いや…少しくらいは飲んだのかな？　眠くなる程度には飲んだのかも知れない。だが全量飲まなかったために、解体作業の途中で目を覚ましてしまった」
　今まで恋愛対象である青年をバラしてきた男が、初めて”妊婦”という分野に興味を示した。男性同士で作れない子供への憧憬か、もしくは自然が作り出した神秘への挑戦だったのか。どちらにしても男は妊婦を”解体”することに夢中になっている。
「解体…」
「そう、”解体”なんだ。彼に殺人の罪悪感や禁忌への恐れはない」
　ヒイロに理解できない概念を淡々と説明する。
「連続殺人犯に、そもそもまともな思考を求める方が間違ってるのさ。彼や彼女らは”殺してはいけない”という概念がなく、殺したという自覚もない。興味の赴くままに”バラバラに手足をちぎってみた”り、”血を抜いてみたかった”だけだ。それが今回の場合は”妊婦の中を見てみたい”という”解体”作業に繋がる―――わかったろ？　レディ…次のターゲットが誰か」
「っ……私、か」
　反射的に腹部を手で庇おうとして、後ろで拘束する手錠に阻まれた彼女が息を飲む。まだ腹部にふくらみは見られないが、レディが妊娠したことを知る同僚は多かった。普段から飲んでいたコーヒーを控え、以前より残業を減らしている。さらに人前で食べる姿をみせないのは、つわりが酷いからかも知れない。
　経産婦や勘の良い者はすでに気付いていた。
「このままあんたを逮捕すると、シリアルキラーのターゲットが変更される。妊婦を探すのは大して難しくないから、被害者が増えちまうな」
　困ったと表情を作りながら、デュオが身を起こす。発熱で怠い身体を無理やり起こし、痛む左手を伸ばしてレディの頬に滑らせた。嫌な予感がして身を引こうとした彼女へ、さらりと残酷な言葉を放つ。
「―――囮捜査、しようか」
　
　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued...

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　犯人逮捕にしか興味のないデュオは、かなり冷酷です。一般人の心境を想像することはあっても、心から理解していない。ある意味、自業自得だと思っているヒイロも似たようなものですが…。