W2×1　【MiyabihimeA】

「めんどくさい…」
　ぼやきながらデスを呼び出そうとして、思いとどまる。以前に同じような案件でデスを使ったところ、えらく機嫌を損ねてしまったのだ。そのあとの機嫌取りや刃の掃除の手間を考えると……正直頭が痛くなった。
　デスを使えば一瞬の相手だが、面倒でも聖水などで片付けた方が……あとあと楽だろう。
　ため息をついて首の十字架を外す。右手に十字架の鎖をからめ、左手で聖水の瓶を持った。
「手伝ってやろうか？」
「いや」
　楽しそうに木の枝に腰掛けて尋ねる吸血鬼へ、首を横に振って断った。デスと一緒で、あとで何か請求されたり機嫌を損ねるのは御免蒙りたい。
　唇だけで主の名を唱えて右手に聖水を振り掛ける。慣れた儀式の手順を踏んで、十字架を目の前の死体へ翳した。触れる寸前に崩れ落ちる死体の首が落ちる。倒れた勢いで崩れた死体は魔の支配を脱しているため…ただの肉塊だった。見た目にも損傷が激しいのは、埋められた場所から土を掘って地上へ上がった際の破損が原因だろう。
　むっと鼻をつく臭いに眉を顰めることなく、次の死体へも聖書の一文をもって清めを行う。利用された死体が元の無害な子羊に戻っていく過程を繰り返し見つめる瞳に、足元で崩れ転がる死体への嫌悪は見られなかった。
「これで最後か？」
　周囲を見回したデュオの頭上から、ヒイロが小さく警告を発する。
「足元だ」
「え？　……っ」
　ぬるりとした感触の直後、足首を掴まれてつんのめる。咄嗟に手をついた際、聖水を落としてしまった。薔薇の植え込みの手前に転がった瓶から聖水が流れ出す。薔薇の上に手をついたデュオの両腕に無数の切り傷がついた。
「っ……痛っ」
　舌打ちして起き上がるデュオの右手に絡まる銀の十字架は、泥で輝きを消している。拭えば聖水の清めは消え、拭わねば曇りに効力が落ちる―――最悪の展開に唇を噛み締めた。
　デスを呼び出すか迷うデュオの前に、ひらりと白い羽を広げたヒイロが降り立つ。
　真っ白な翼の先や足元が、崩れた死体の上に触れてもヒイロは気にした様子はみせなかった。まるで最後の審判が訪れたかのような…どこか神聖な雰囲気すら漂う。
「っ……ヒイ、ロ？」
　デュオの足に絡む使者の指に、爪まで整えられた象牙色の指が伸ばされた。互いが触れる寸前、まるで己の朽ちた指先を恥じるようにアンデッドの手が土の中に引っ込む。にやりと笑ったヒイロがとんと指先を地に押し当てた。
『我が名を知り、恐れよ……』
　声にならない言霊が零れ落ち、指先から地へ伝わる。
　直後、アンデッドの気配は綺麗に消えていた。人外が発する独特の気配は感じられず、足元の死体たちも動く様子は見られない。まるで何もなかったかのように…大地は沈黙を取り戻していた。
「デュオ、こちらへ来い」
　手招くヒイロに戸惑うが、手が届くぎりぎりの距離まで近づいて止まった。当然とばかり歩み寄って距離を消したヒイロが指を伸ばし、デュオの腕に残った傷痕に目を向ける。
　さきほど倒れこんだ際、墓地に植えられた薔薇の棘が傷つけた切り傷が細い線となって赤く浮かび上がっていた。
「……手伝わなくて良かったのに」
　失敗した姿を見られた気まずさからヒイロを詰るデュオへ、魅惑的な笑みを浮かべた堕天使が視線を合わせる。真っ直ぐに覗き込む蒼い瞳に気を取られたデュオの左腕に激痛が走った。
「痛っ」
　細い線傷を抉るように爪を立てたヒイロが、赤く血に濡れた指を口元へ運ぶ。見せ付けるように近距離で指の赤を舐めとり、そのままデュオの首に手を回して抱きついた。
「血をもらう前に死なれるのは困る」
　ひやりと冷たい肌の温度に、ぞくりと背を寒気が走る。本能的な反応で身をよじるデュオを押さえつけるように翼でくるみ、その首筋へ顔を埋めた。
「約束だ、貰うぞ」
　肌の上に注ぎ込むような甘い声の直後、牙がつきたてられる感覚にデュオの膝が崩れる。小柄な体に似合わぬ力強さで、自分より長身のデュオを支えるヒイロの喉が、ごくりと動いた。
　腐った肉の臭いと不釣合いの薔薇の芳香、その両方を消し去るような鉄さびた臭いが広がる。
「……二口、だからな」
　約束した量を繰り返すデュオの言葉に、美しすぎる吸血鬼は素直に唇を離す。血を流す傷をぺろりと舐めて癒し、デュオの唇へ己の唇を合わせた。ぬるりと唇をたどる舌の感触に肌が粟立つ。
「約束は守る……」
　根拠のない言葉を聞きながら、デュオは諦めに目を伏せた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　To Be Continued....

---

　突然吸血シーンが書きたくて……時間を無理やり作りました。年の暮れだし、すこしだけパソコンの前で地味に書いていられる時間が出来て嬉しい。時間さえあれば、たくさんデヒを書いていたい綾ぬこです……。