W2×1　【MiyabihimeA】

　足音が聞こえる。
　そんなはずないのに、この離れに早朝から顔を出す者などいない。梵天が起きる遅い時間に合わせて、喜多が顔を出すまで梵天に朝は来ないのだ。
　がらっ！　大きな音で一気に日差しが入り込んだ。冷たい空気が入り込み、布団の中でさらに丸くなる。
「おはようございます、梵天丸さま」
　布団の前に座す音が聞こえて、昨日傅役になった男の声が重なった。
　…どうしよう、怖い。
　ちらりと顔をのぞかせた先で、彼は深々と頭を下げて待っている。このままにしておくわけにいかず、迷った末に布団から頭を出して座った。
「明日からは早朝の稽古を行いますゆえ、もう少し早くお目覚めいただくことになります」
「片倉」
　傅役としての役目を果たそうというのか、彼の前向きな発言を名を呼んで遮った。
「はい」
　今までの傅役に説明は必要なかった。なぜなら彼らは「ちょっと所用が」と席を外し、その後戻ってこないからだ。
　たいていの者は1日もたずに辞めてしまった。だが、この男は違うようで…じっと待つ犬のような男へ溜め息を吐き、しかたなく言葉を駆使して伝えることにする。
「稽古はしない。この離れからも出たくない。昼は書物を読んで過ごすから、お前の仕事はないのだ」
　昨日みたいに待つだけの時間になる。そう告げれば、彼は僅かに目を伏せて大きく息を吐き出した。
　がっかりされただろうか。
「…それでは通りませぬ」
　今、小さな声で「このクソガキが」と言ったよな？　聞き間違いだと思いたいが、強面に問い返す勇気もなく飲み込む。
「俺…、私がいる間は稽古をしていただきますぞ」
「なら来なくていい」
「聞けませぬ」
「は？」
「私の主は輝宗様です。失礼」
　だから梵天の命令は聞けぬと言い放ち、彼は布団に手をかけて剥ぎ取った。途端に寒さと心もとなさで丸くなった梵天の帯に手をかけ、気にした様子なく単衣を脱がせて着せ替えていく。喜多に似た手際のよさに気圧され、素直に着替えてしまったことが悔しい。
「さ、稽古を…」
「嫌だ」
　昨日は大人しく読書を許した男の豹変に、梵天は生来の気の強さで叫んだ。
「そうですか」
　片倉の声に温度があるなら、今は氷点下だろう。冷たく響いた言葉の直後、ぐいっと首根っこを掴まれて猫のように連れ出される。雨戸が開かれた明るい廊下に落とされ、日差しを避けるように丸くなって頭を抱えた。
「俺の仕事は、伊達家の跡取りを育てることだ。お役ご免にしたいなら、さっさと家督を継いでくれ」
　とんでもない発言をさらりと行い、片倉はどっかりと縁側に座り込んだ。だがそれ以上触れる様子はなく、無理やり梵天に触れることもない。
　恐る恐る見上げた先で、怖い顔で庭を睨む男の姿に悔しさで涙が滲んだ。
　自分をいじめるすべてのものから解放されたいのに、この鬼は家督を継げという。それが近道だと言い切って、梵天を追い詰めるのだ。
　いつか、絶対に！　こいつを追い出してやる！
　意地を張って起き上がらない梵天に付き合って、結局、呆れ顔の喜多がくるまで一刻ほど二人は縁側で過ごした。
　
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　やっぱり嫌われる小十郎ｗｗｗ　子供の扱いに慣れてないどころか、言葉遣いも荒さがちらほらです。
　すぐに仲良くなれる筈もなく、互いに苦労しますが…その時間がおたがいの信頼を育ててくれる、ハズ…。