W2×1　【MiyabihimeA】

　そっと指先で髪を掬い、前髪に隠れていた右目の傷痕を擦る。ぼこぼこと硬い皮膚の感触が触れると、震える吐息を溜め息に変えて吐き出した。
「・・・・Shit！」
　誰にも触れさせない傷痕だった。父親も従兄弟の成実も決して触れない、政宗にとっての禁忌であり逆鱗だ。小さな頃に誘拐されたのだという。物心付いた時には、右半面に常に包帯を巻いていた。
　幼かった政宗本人は覚えていない誘拐事件で、母親との縁（えにし）が切れた。誘拐される政宗を助けようとした母は、逃走する犯人の車に跳ねられたらしい。ほぼ即死だったと聞かされたのは中学卒業の頃でショックを受けた。
　覚えていない母親の温もり、笑顔。そして残された醜い傷痕―――政宗にとって失った右目は”絶望”と”喪失”の象徴なのだ。絶対に他人に触れられたくない。
　それを・・・あの男は遠慮なく古傷に触れようと手を伸ばし、拒もうとした政宗の矜持を踏み躙った。許せる行為ではないが、今は何も出来ない。父が遺してくれた会社を・・社員達を守る為に。
　不躾で傲慢で腹立たしい男に抱かれる為に、こうしてシャワーを浴びている自分が酷く惨めで・・・・泣き出しそうになるのが許せず、口元を歪めて笑みを作った。
　前髪を濡らした雫が頬を伝う。それが涙なのか、湯なのか。判別する術もないまま、政宗はシャワーの湯をさらに強く浴びた。

　水音がかすかに聞こえる。今まで一人で暮らしてきた部屋の雰囲気が、一瞬で変わった。他人の気配、物音、持ち物・・僅かな変化が部屋に色をつける。
　手にしていた書類を放り出し、疲れた目元を押さえてソファに身を沈めた。
　右目に触れられることを拒んだ政宗の姿を思い出し、歯がゆさに拳を握り締める。額に当てた手を握り、苛立ちを混ぜた溜め息を吐いた。
　政宗が傷痕を厭う理由はわかっている。いや、知っているのだ。
　幼い彼が誘拐された際に母親を失い、右目を奪われた。その喪失感が彼のトラウマになっていることも承知しながら、小十郎は右目に触れようと手を伸ばす。その意味すら、彼は覚えていないのに・・・。
　ガタガタと物音がして、足音を忍ばせた政宗がリビングへ戻ってくる。いつもの傲慢で不遜な仮面を取り繕い、小十郎はゆっくり振り返った。所在なさ気にタオルを頭にかけ、俯いた姿は庇護欲を誘う。柔らかそうなタオル地のガウンに包まれた肌は、温もった恩恵で淡く色づいていた。
「・・風呂、ありがと・・」
　ぼそぼそと礼を言う辺りが、育ちがいい証拠だろう。内心で感心する小十郎は手を差し伸べ、政宗へ声をかけた。
「こっちへ来て座れ」
「・・・・・」
　何か言いたそうだが、結局何も言わずに隣に腰掛ける。それも一人分間を空けて・・・ささやかな抵抗か、羞恥の証か。どちらにしても小十郎が身を寄せれば、その距離は一瞬で消えた。
「あの・・・・」
「大人しくしてろ」
　遮って抱き寄せ、腕の中の黒髪に接吻ける。まだ湿った髪に眉を顰め、肩にかかっているタオルで丁寧に拭き始めた。髪を傷めないよう優しく拭き続ける男の指に、政宗は困惑の表情を浮かべて俯く。
　酷く扱ったくせに、こんな優しさを見せるのは卑怯だ。
「乾いたか？」
　さらりと髪を梳いた腕が、政宗を引き寄せる。怯えるように竦んだ身体を知らぬ振りで囁いた。
「先に寝てろ。俺はもう少し仕事がある」
「え？」
　抱き寄せた腕が解かれる。触れ合っていた肩から伝わる体温が消え、なんとなく肌寒く感じた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ちらりと見せる小十郎の優しさ・・・でも政宗はまだ酷いことされちゃう予定だけどね、ちょっと小休止的な感じです。久々すぎて読み返さないと続きが書けなかった・・・ｗｗｗｗ
　すみません、もう少し更新頑張ります！