W2×1　【MiyabihimeA】

　ゆっくりと呼吸を整える。
　ぴりっとした緊張感と、僅かな空気の乱れを読んで目を伏せた。左手の力を抜いて、深く吸い込んだ息を吐き出す。もう一度吸い込み、一瞬だけ息を止めた。
　無言で引き抜いた剣の鞘滑りがチリリと耳に届く。スムーズに滑り出した刃を思うままに振るう。型通りに数回振った後、静かに鞘に戻した。ふっと緊張が解けて、シンと静まり返った道場の空気が緩んだ。
「・・すごいな、こじゅろ」
　褒め言葉に頬を崩して、正面で感嘆に隻眼を見開く主に一礼した。居住まいを正し、走り寄る幼子へ手を差し伸べる。嬉しそうに手を取り、向かい合って膝によじ登る姿は年齢相応の愛らしさで・・・・梵天丸様が感極まった様子で抱き着いて来られた。まだ届かない手を精一杯伸ばして、俺を抱き締めようとしてくださる。
「勿体無いお言葉ですな」
　堅苦しい言葉と裏腹の柔らかい表情に、梵天丸様の笑顔も明るくなった。
「褒美をやるぞ！」
「有難き・・っ」
　言葉が途中で詰まったのは、幼い主の褒美が予想以上だった為だ。
　小さな紅葉のような手が頬に触れ、そっと柔らかな唇が触れる―――己の唇に。
「・・梵天丸、さま？」
「どぅした？」
　無邪気に問う姿からは、口吸いの意味など知らぬことは明白だ。子供のする事と笑って濁すのは簡単だが、何分にも相手が主君とあらば問い質しておいた方が後の為だろう。動揺を隠して、穏やかな声で語りかけた。
「存外の褒美に感激いたしました。ありがとございます」
　まずは礼を述べる。嬉しそうな梵天丸様の黒髪を撫で、頭を下げられぬ代わりに微笑みで感謝を伝えた。
「ですが・・このような行為、どこで覚えられました？」
「・・・・何か間違ったか？」
　不安になったらしい幼い声に、首を横に振った。
「いえ・・・そのようなことはございません。小十郎以外のどなたから教わったのかと・・」
「喜多だ」
「・・・姉上が？」
　声が硬くなる。
　梵天丸様の乳母である義姉を心の中で罵った。純粋で素直な梵天丸様に、なんという知識を植え付けてくれたのだ。だが荒れた心境など知る術のない梵天丸様は、にこにこと説明をお続けになられた。
「耳にした”口吸い”について聞いたら、ずっと一緒にいたい人と離れないお呪いだと言う。なれば、梵天はこじゅろと口吸いすれば離れずに済む」
　満面の笑みで、含みなく向けられる感情は真っ直ぐで―――自然と口元が緩んだ。
　先ほどまで罵っていた義姉を今度は褒めたくなる。お呪いとはまた・・可愛らしい表現をするものだ。説明に困って嘘のない範囲で濁した義姉の苦労が偲ばれた。
「小十郎は梵天丸様から離れたりいたしませぬぞ」
「分かっているが・・」
　不安なのだ・・と語尾を濁した幼子の心に巣食う闇すら、心地よく感じられる。梵天丸様のお心を占有できるなら、何でもする男の前で・・・そのようにお可愛らしい態度を見せてくださる純粋さが嬉しかった。
「ならば、お約束いたしましょう。梵天丸様が”口吸い”を他の者になさらないでくださるなら、小十郎は命を賭けて梵天丸様に寄り添いまする」
　狡い大人の提案を、ほわりと微笑んで恥ずかしそうに頷いてくださる。その愛らしい唇に掠めるような接吻けを贈り「死んだ後もだぞ」と念を押す主君に「承知しております」と返した。

　・・梵天丸様の将来が心配な綾ですｗ　小十郎、さりげなく他の人と接吻しないように言いくるめてるしｗ　喜多さんはそんな意味で教えたんじゃないのにｗｗｗ　将来美味しく食べる為に、しっかり教育しています←