W2×1　【MiyabihimeA】

　剣を握る手に力を込め、逆に肩から力を抜く。
　じっと見据える幼い主君の強い眼差しを感じながら、目の前の男に意識を向けた。戦場での殺気をちらつかせれば、それだけで男が怯むのが伝わる。大したことのない相手―――技術的に・・そして精神的にも敵になりえない。
　ゆっくり足を進めた。途中から一気に距離を詰める。
「はっ・・」
　詰めた呼吸を吐き出すタイミングで木刀を振り下ろした。
「うぁ・・っぁぁあああっ！！」
　真剣と同じ鋭い太刀筋に、気合だけは十分な男が木刀を突き出すが遅い。一度当てて怯んだところへ、下から上へと木刀を弾き飛ばした。
　カラン・・・乾いた音で男の木刀が転がる。捻った右手首を押さえる男の喉元へ、木刀の切っ先を突きつけた。
「そこまでッ！」
　鬼庭綱元の鋭い声で木刀を下げる。一礼して梵天丸様と輝宗様のおられる右側へ向き直る。驚いたような輝宗様と逆に、嬉しそうに己の膝を叩く梵天丸様は少し興奮しておられるようだ。頬が紅潮され、嬉しそうに双頬を崩して目を輝かせていた。
「こじゅろ！」
「見事であった。今年の勝者は小十郎で決まりじゃ」
　伊達家当主の断定に、その場にいた全員が頭を下げた。一緒に頭を下げながら、全身の意識は幼くも魅力的な主君へ向かう。この方が喜んでくださるなら勝ってみせよう、己の勝利を望んでいただけるなら全身全霊を持って応えるは当然だった。
「何か褒美を取らせよう」
　輝宗様の申し出に、静かに首を横に振って辞退する。
「ありがたき仰せなれど、この身は梵天丸様の傅役。梵天丸様より褒美を賜るお約束を頂いております」
　遠まわしに梵天丸様を立てる家臣としての言い回しに、輝宗様は「そうか？」と微笑んで引き下がられた。こうした駆け引きを得意とされる方なので、何かを察してくださったのだろう。当初は辞退する予定であったのに、突然翻して勝者となっただけでなく、跡取りの梵天丸様も観覧を自ら希望された。それだけで察するに余りある。
「こじゅろっ」
　立ち上がって興奮した様子で手を伸ばす主君へ歩み寄り、その足元へ膝を着いて頭を垂れた。
「はい、梵天丸様」
「よくやった！　さすが梵天のこじゅろだ！　嬉しいぞ！！」
　手放しの褒め言葉に微笑んで「ありがとうございます」と素直に受け止める。この幼き竜は、いずれ天下に覇を唱える方に成長されるだろう。その時、隣に傅く権利を得る為に・・・少しでもこの方に必要とされる存在でいることが己の役目であり生き甲斐だった。

　部屋に戻っても、まだ興奮収まらぬ様子の梵天丸様が「すごかった」と褒めてくだされた。あまりに手放しの言葉に、さすがに面映くなる。
「梵天丸様が見ていてくださったから、小十郎は勝てたのですよ」
　嘘でも何でもなく、本心からそう思った。一瞬目を見開き、隻眼が嬉しそうに細められる。飛びついてくる小柄な体を受け止めて、そっと抱き上げた。
「こじゅろは梵天の自慢の家臣だ」
　輝宗様の言葉を真似てたどたどしく綴る唇に、そっと指先を這わせた。
「梵天丸様に喜んでいただけることが小十郎の喜びにございます」
「こじゅろは約束を果たしてくれた。褒美は何がいい？」
　大人ぶった口調で小首を傾げる愛らしい子供の頬に指を触れ、穏やかに微笑んでそっと頬に唇を押し当てる。
「・・・こじゅ、ろ？」
「褒美はこれで充分にございますよ」
「・・・・・・・・梵天がやる」
　意味が分からず尋ね返そうとした途端、小さな手が顔に這わされて柔らかな唇が頬に当てられた。すぐに離れたというのに、触れられた頬がじわりと温かい。
「・・・こうであろう？」
　どうだと得意げな主君に「恐悦至極に存じます」と返せた自分を褒めてやりたいくらいだ。頭の芯が燃えるような・・激しい感情が色を得てざわめいていた。

　危険です！　梵天丸様逃げてぇ～！！　超逃げてぇえぇええええええ！！！　ヾ(≧へ≦)〃
　小十郎の計画は着々と進んでいますｗ