W2×1　【MiyabihimeA】

「さて・・・店を変えようぜ」
　まだ盛り上がる気満々の同僚達に眉を顰め、断りの文句を探す。普段は付き合いがいいだけに、突然帰ると言い出せば理由を聞かれそうだ。
　立ち上がる周囲にあわせて椅子から立ったとこで、ふらっと傾ぐのが分かる。限界を自分で悟った俺の手に、一番近くに居た同僚の腕が触れた。
　気持ち悪さがぶり返す。
　吐きそうだった。
　原因はわかってる。彼が悪いわけじゃないが、以前から接触嫌悪の気があった。女性相手ならば大して気にならないが、男性・・それも自分より体格のいい年上に触れると嫌悪感に肌が粟立つ。
　一瞬で意識が過去へ引き戻され、あの・・忌まわしい記憶が過ぎった。
　ダメだ・・・倒れる。
　そう諦めかけた俺の眼前へ手が差し出された。大きくてごつごつとした・・・男性の手だが、触れても不思議と怖くも気持ち悪くもない。腕を辿って見上げれば、心配そうに眉を顰めた強面の上司・・片倉小十郎だった。
「悪いけど・・連れ出してくれ」
　彼が何か言おうとした気配を感じて、先手を打って頼んだ。この男は好きじゃない。仕事が出来て、部下に気配りもできる大人の男―――そんな上司の雰囲気は”アイツ”に似ていたから・・・。でも背に腹は変えられない。
　倒れて、別の奴に触れられたら・・間違いなく醜態を晒すだろう。それくらいなら、この手に縋る方がマシだった。
「わかった・・」
　意外にもあっさりと了承した小十郎が「俺と伊達は帰る。羽目を外しすぎるなよ」と一言声をかけ、祝い金だと２万円ほど渡して店外へ政宗を連れ出す。
「タクシーを拾うぞ」
　頷いた俺を支えながら、タクシーに乗り込んだ上司が心配そうな顔で溜め息を吐いた。
「ったく・・・飲み過ぎだ」
　そういって頭を撫でてくれた彼のぬくもりに、泣き出したくなる。こんな自分が嫌だった。仕事が出来る、付き合いがいいと持て囃されても・・・いつまでも独りから抜け出せない。たくさん友人がいて、順調な日常を送っている中で・・・ふとした瞬間に甦る悪夢―――もう一生逃れられないのかも知れない。
　恐怖に身を震わせると、勘違いした上司の手が止まった。撫でてくれる心地よさを求めて、顔を上げる。じっと見つめ返す眼差しは優しくて・・・子供の頃に飼っていた大型犬を思い出した。
　この手に抱かれたら、もう過去の悪夢は消えるんじゃないか？　いや消して欲しい。縋るような眼差しをしている自覚はあった。
「・・・なぁ、俺を抱いてくれよ」
　過去の悪夢に沈む気はない。
「ん・・・ふ・・っ、くぅ・・・」
　突然のキスに翻弄されて、抱きしめられて・・・苦しくて、痛くて、嫌悪感が沸かない自分が不思議で・・・・心地よかった。

　思い出した”あの夜”の記憶に頬が赤くなる。目の前で眠る男の頬や額に髪がかかっていて・・普段の髪型と違うだけで、どこかワイルドな魅力を纏っていた。
「・・起きてたのか、政宗。体は平気か？」
　開いた目に政宗を映し、小十郎は微笑んで寝起きに掠れた声で尋ねる。
「動けねぇ・・・」
「まあ、当然だろうな。昨夜はあれだけヤッたんだ」
「Undisguised（露骨）な言い方すんなよ・・」
　唇を尖らせた政宗に笑みを深め、触れるだけのキスをした小十郎が身を起こした。崩れていた前髪を掻き上げ、ベッドの端に腰掛けた姿勢で振り返る。
「飯の支度するから待ってろ」
　ところが顔を赤くして視線を逸らす政宗に、小十郎はわざと顔を近づけて囁いた。彼が何に気づいて照れたのか、分かってしまったのだ。
「背の傷は男の勲章だぜ」
「・・Fussy（煩い）！！！」
　枕を投げつけるが、すぐにシーツにうつ伏した。腰が・・正確にはその奥が痛い。
　余裕で枕を受け止めた小十郎がくすくす笑いながら、大きな手を伸ばして髪を撫でる。記憶の中と被って、政宗は静かに目を伏せた。
「いつか・・話してくれよ」
　何かトラウマがあるのだろう。過去にあった事件か、事故か。政宗の心に巣食う闇に気づいているから、無理やり聞き出さずにそう告げた。いつか・・いつかでいい。俺に話してくれ。
　嘆願めいた響きに、政宗は「Ah・・・、All right」と呟いて唇を噛み締めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　勝手にトラウマ設定が増えたｗｗｗ　相変わらず短く纏められない、しかも暗い方面へ手を伸ばす綾雅です・・・すんません。本当はあっさり通過しようと思ってたんだけど、なんかシリアス展開になり・・だんだんと暗くなり、ついに真っ暗一歩手前の話になりました。皆さんが想像するような事件が、まーしゃまの人生に影を落としています。