W2×1　【MiyabihimeA】

　見る者の視線を奪い、意識を絡め取り、恐怖に背筋を凍らせる政宗の口元がさらに三日月に歪んだ。
「Hey!　小十郎」
「はい」
　口数少なに馬首を向けて近づく忠臣を満足げに見やり、政宗の隻眼が細められる。
「どう見る？」
　顎で指し示された先には川が流れていた。その向こう岸で陣を張る兵の数が予想より多いのだ。数の勝負になれば、政宗の側が不利だろう。答えなど決まっているくせに、こうして小十郎の意見を聞くのは信頼の証だった。
　軍師としての才能を開花させている小十郎の提案は、常に政宗の戦場での行動の指針となりうる。決して退くことを良しとしない激しい気性の主君へ、微笑みを浮かべて小十郎は口を開いた。
「ご推察の通りかと・・」
「Hum・・・」
　考える素振りを一瞬だけ見せた政宗の唇に、赤い舌がぺろりと這わされる。周囲を血に汚して戦場を走った若武者でなければ、ひどく扇情的だっただろう。しかし今は残虐さの象徴のようにも見えた。
「ご存分に」
　すべてを短いやり取りに込めた腹心をちらりと見やって、政宗は細く長い息をつく。まるで何かを決心したと知らせるような仕草は、昔からの政宗の癖だった。梵天丸の幼名を名乗っていた頃からの、小十郎しか知らない癖・・・・。
　間近で見守ってきた主君の仕草に目を細めて、彼のすべてを見逃さぬように息を量る。
「Okey、行くぞ」
　くるりと背を向けた主君へ「はっ」と短く了承を伝える。口に出さずとも通じているが、そこは他の部下の手前もある。小十郎に簡単に背を預ける潔さを心地よく受け止めて、静かに後ろへ従った。
　本当なら諌めるのだろうか。
　当初の予想より数の多い敵軍、川を挟んでいる為に全面衝突は回避できるが・・・初陣で逸る主を抑えきれない愚かな臣下だと罵られるな。分かっているのに止めないのは、主君が”伊達政宗”だからだ。
　この方は天下を統べる唯一の竜―――わずか２倍程度の敵を排除するに躊躇するなら、小十郎が付き従う価値を見出したりしなかった。
　誰よりも気高く、強く、美しくある独眼竜の行く手を塞ぐに、あの程度の軍勢では役者不足だ。
　鬼の名に相応しい壮絶な笑みを口元に浮かべ、馬首を返して走り出す主君の三日月を追った。陣羽織に鋭い月を描き、前立てに美しい下弦の弓月を戴く至上の存在の背を守る栄誉を誰にも渡さない。一番に駆け寄れば、ちらりと視線を寄越した政宗の隻眼が悪戯気な色に煌く。
　戦場に呑まれることなく、杯の月を飲み干すごとく味わう心意気が滲んでいた。
「油断召されるな」
「Ham、お前こそ見失うなよ？」
「誰にそれを申されるかっ」
　一蹴された政宗はくつりと喉の奥で笑うと、背後に従う連中を鼓舞するように声を張り上げる。
「Let's Party! Enjoy it, guys!!（パーティーだ、楽しめよお前ら！）」
「「「Yeah!!!」」」
　振り上げられた味方の拳と呼応した叫びに、政宗の乾いた唇を舌が這う。ぺろりと興奮を抑える為に濡らした唇が、血のような赤を纏った。一瞬意識を奪われた小十郎が軽く頭（かぶり）を振って気を引き締める。
　この方は前だけを見て進んでくれればいい。背後を気にして振り向くなど、似合わない。
「Here we go!!（いくぞ）」
　馬に檄をくれて速度を上げた主君の隻眼が見据える敵―――その向こうに見えているだろう天下を想像し、小十郎は高ぶる意識を剣に乗せて振るった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　頂点だけを見て、足元を知らずに走るは愚か―――されどそれを実際に行えるものがいたとすれば？　それは意味を異にする賢者か。
　そんなイメージ。個人的に結構シリアス好きだけど、BSRだから史実どおりじゃ面白くないし、もっと上手に書いてくれる作家さんがいそうなので・・・アレンジしまくり。美味しい場所だけ史実から借りる予定ですｗ
　
【拍手コメント御礼】　たぁ様・・・コメント感謝です。長く丁寧に感想が綴ってあって・・感動しちゃいました。書いてて良かったなと思う瞬間ですね。何か少しでも感じてもらえるよう、これからも精進します！ありがとうございます。