W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・私に死ねと？」
　一応抵抗を試みるジローに対し、大げさだと笑い飛ばしたのは背広姿の屈強な男だ。マリーン・バンク支配人であり、月下の世界でもウォーロック家のケインは有名だった。
「月匠ゴーバンの血統でもあるまい。多少のダメージで情けない」
　嘆くフリをして、チクリと厭味を混ぜる。案の定、外見通りに若いジローがむっとした顔で切り替えした。
「確かにそうですが・・・我が血統も日光は苦手です」
「ジロー、余が・・」
　思わず口出ししたのは中国服の可愛らしい子供だった。何を隠そう、東の龍王その人である。数千年を生きた彼ならば、縮地法であっという間に目的地に送り込んでくれるだろう。
　しかし・・・
「なりませぬぞ、龍殿。これは罰ゲームなのですから」
「・・・・・・」
　どうみてもジロー苛めを楽しんでいるようにしか見えないが、両者の顔を見合わせたセイは口を噤んで溜め息を吐いた。元から言葉数が少ないこともあるが、下手に嘴を挟むと痛い目に合うと判断したのだ。
「わかりました・・・」
　仕方なさそうに立ち上がったジローは、帽子を目深に被り、サングラス代わりのゴーグルを嵌め、古風な唐傘を差して外へ出た。途端に熱さと共に痛みが走り、憂鬱さに溜め息が出る。
　覚悟を決めて歩き出した背中を、気遣わしげな瞳が１組、面白がる眼差しが１組・・・見送った。

　出かけた先は、最近流行のアイスクリーム屋である。開店したばかりの店舗は明るく、パステルカラーに彩られ華やかだ。
　女子高生やＯＬで賑わう店頭で、明らかに場違いの格好をしたジローは並んでいた。
「・・・・・何をしている」
　通りがかった美貌の吸血鬼は、どうみても変質者にしか見えない想い人の姿に、頭痛を覚えながら声をかけた。信じられない人物の声に振り返ったジローは、僅かに白煙を上げながら目を瞠る。
「ゼルマン・・・あなたこそ・・」
「オレはちょっと・・な」
　ウィンクしてみせる悪戯小僧の表情に、どうやらケインが顔を顰めるようなトラブルに頭を突っ込んだらしいと知る。
　周囲はざわめいていた。絶世を通り越して非常識な美貌の少年と、怪しさ満載で変態確実と思われる男が知り合いなのだ。それは話題に事欠かない。
　どういった関係なのか。
　この赤いスーツの青年の正体は？　などなど。ざわめきは大きくなる一方だ。
　美貌を子供っぽい笑みで彩るゼルマンが、ようやく店舗の看板に目を向けた。アイスクリームの鮮やかで可愛らしいイラストと、白煙を立ち上らせる怪しいジローを見比べて肩を竦める。
「おまえが食べるのか？」
「いえ、罰ゲームで買いに来ただけですが・・・」
「ふん・・・アイツらか」
　自分以外の誰かに扱き使われるジローに、少しばかり苛立ちが募る。己に向けられる感情に無頓着なジローは、まったく気づいた様子がなかった。店舗の軒先の影に身を滑りこませることに必死だ。
「オレも同行しよう。いい加減、この熱さにうんざりだからな」
　適当な理由を付け、この熱い日中にジローを放り出したケインに八つ当たりするつもりで提案する。
「おい、そこの女・・・」
　手を伸ばすと、空色のスーツを着たＯＬは振り返って頬を赤く染めた。
「は・・・はい、私ですか？」
「今買ったアイスをオレに譲れ」
　見事なオレ様っぷりを発揮するゼルマンをジローが止めようとした時には、すでにゼルマンの手にアイスは手渡された後だった。しかもそれをジローに押し付けて持たせる。
「ちょっと、ゼルマン・・・何を・・」
　くるりと踵を返したゼルマンに続いて、今まで並んでいた列を抜けたジローが慌てて追いかける。強い日差しが降り注ぎ、倦怠感に襲われたジローへゼルマンは悪びれずに告げた。
「あの女の厚意だ。受け取っておけ」
「そんなわけないでしょう・・・」
「視経侵略は使ってないぜ」
　がっくり肩を落としながらも、彼を案内すべく隣に並んだジローが傘を僅かに傾けてゼルマンに差しかける。闘将アスラの血統は陽光を弱点としないが、まったく影響がないわけでもないらしく、ゼルマンは昼間外出しない。それを思い出しての気遣いに、ゼルマンは面白がる表情を浮かべた。
　・・・・・・と。
「おい、いま肩がぶつかったよな？　このガキ、謝れっ！」
　間の悪い男がゼルマンに唾を飛ばさんばかりの勢いで絡んだ。どう見ても全うな一市民には見えない。ついでに言うなら、仲間がいることで強気になっているようだった。
　５人は数の多さに物を言わせるつもりらしい。
「・・・ゼルマン、あの・・・落ち着いてください」
「安心しろ、殺しはしない」
　物騒な発言に溜め息を吐き出したものの、ジローも止めようとしなかった。絡んだ男が赤い血なら必死でゼルマンを制止しただろうが、どう見ても相手の力量すら測れない”転びたて”の吸血鬼なのだ。最低限の躾は目を瞑るつもりで苦笑して一歩引いた。
「金を出せば見逃してやっても・・」
「煩い、さっさと来い」
　馬鹿にした態度で男の言葉を遮ったゼルマンは、挑発するように笑った。おそらく牙の端が見えたのだろう、彼らの表情が強張る。獣のように唸りながら飛び掛った男を避けたゼルマンが、思い出したように振り返った。
「アイスは死守しろ、ついでに・・・・死ぬなよ？」
　雲に隠れていた太陽が顔をだし、傘越しにも焼かれる肌が白煙を上げるジローへ、最後をおどけた口調で告げたゼルマンが男達を叩きのめしていく。心配している言葉の割りに、日陰に逃げ込むジローを助ける様子はない。ポケットに入れた手を出すことなく、足だけで彼らを片付け・・・意味深な眼差しを向けた。
「行くぞ」
「？」
　嫌な予感がしたジローからアイスを受け取ったゼルマンは、美しい顔を魅惑的に彩る笑みを浮べる。
「”銀刀”」
　正に爆弾だった。
　引き攣った顔で悲鳴を上げて逃げ出す５人の姿に、ジローは肩を落として溜め息を吐く。また余計な悪名が広がりますね・・・・その間にも、ゼルマンの手元でアイスは溶け続けていた・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　結局、彼らが着く頃　アイスは完全に液体化していると思います。でもってケインに厭味を言われ、セイががっかりするんでしょう（笑
　深刻な話も考えたんですが・・なんか、ギャグっぽい方がいいかな？と思いまして；