W2×1　【MiyabihimeA】

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　久しぶりに酒を飲んで騒いだ。
　アニキは大学のレポートの研究で篭ってるし、家に誰もいないんだからと外へ飲みに出て来て―――悪友に捕まっちまった。今夜は・・・帰れねぇかも？

「じゃ、あと１件！」
　拝むように手を合わせられ、なんとも断りづらい雰囲気だ。もう帰ろうと立ち上がりかけた所への友人の言葉。無視するのは簡単だが・・・。
「それとも・・・誰か待ってんの？」
　その一言がオレの理性を吹き飛ばした。
「・・・別に・・。いいぜ、付き合ってやるよ」
「やったぁ、そうこなくっちゃ！！」
　浮かれる友人たちと、さらに酒を追加する。
　今日はＦＤを置いてきた。飲みに出たんだから当然だけど、帰りはタクシーしかないだろう。飲酒運転はレッドサンズの掟違反―――まさかカリスマ高橋涼介の弟が飲酒で捕まるわけにもいくまい。
　飲みに出る時以外は一緒のＦＤが自宅にあれば、誰かが帰ってきても飲みに出たんだと気付く・・・・・って言ったって、どうせアニキも親も帰ってくる予定じゃないけどさ。
　どうせ飲んじうつもりだったんだ・・・朝帰りでも文句言う奴もいない。
「ほら、もっと飲め！」
　急性アルコール中毒になるなよ？ なんて心配したくなるほど、友人たちのピッチは早い。テスト明けの憂さ晴らしを兼ねてるんだから・・・こんなもんか。
　酒臭い連中の中で、啓介は自分も普段より勢いよくグラスを開けていく。

　今日もアニキは帰ってこない。
　連絡は毎日くれるけど・・・もう３日も顔を見てないのに。
　しょうがないさ、アニキだって忙しいんだぜ。
　学校卒業できなくて、医者になれなかったらヤバイし・・・・・・。理屈をくっつけてみても、視線はついつい携帯電話に向かってしまう。まだ今日はアニキの声を聞いてない。
　机の上に置かれた携帯電話に登録された300件近いナンバー、その中でトップに入ってる番号から、今日はかかってきていなかった。
「はぁ・・・」
　溜息をつけば、友人たちが聞き咎めて騒ぎ出した。
「どうしたぁ、高橋ぃ・・・暗いぞぉ」
「酒が足んねぇんだろ・・・ほら」
　好き勝手いいながら、啓介のグラスを溢れんばかりに焼酎で満たす。
「あ、このバカ！　ワインに焼酎足すんじゃねぇ！！」
　啓介が叫んだ時はすでに遅い。並々と注がれたグラスからワインと焼酎のチャンポンされた液体が零れていた。
「ま、ぐいっと！」
「一気だ！　一気、一気、一気ッ」
　盛り上がる場に釣られ、啓介は苦笑しながらグラスを煽った。
「・・・・・・・・ぅ・・・マズぃ」
　すごい味に味覚を破壊されながら、啓介は呻いて机に突っ伏した。酒には強いほうだが、さすがに混ぜ物は酔いの回りが早い。それに加えて一気飲みをしているのだから、喉が乾いて焼きつくようだった。

　　ピピピッ♪
　最初のコールは単調なリズム、一度切れて、今度はメロディ音が響きだす。
　机に突っ伏していた啓介は、さっきまでの酔いはどこへやら。いきなり携帯を手に店を飛び出す。その速さに、周囲はぽかんと見送るしかなかった。
「どうしたの？　高橋くん・・・」
　女の子の素直な疑問に、しかし男連中は口を噤んでいた。理由はわかっている・・・どうせ兄からの電話に決まっている。そんな周囲の呆れ顔も知らず、啓介は勢いよく走り出していた。
　少し寒くなっている11月、だが啓介は上着を店に忘れたことすら気付かず、携帯だけを握りしめていた。３回だけコールした携帯は、すでに切れている。どこにいるのかも告げずに切られた電話―――なのに、啓介の中に疑問はなかった。
　アニキとＦＣ、オレなら見つけられない筈がない。

　白いＦＣはすぐにわかる場所にいた。路上パーキング、何台も停められた狭いスペースに、しかしきっちりと停められている。
「アニキっ！」
　叫んで手を振った。ＦＣに寄りかかっている兄が顔を上げ・・・・・・・。
　こちらに向き直ったところに抱きついた。人前だとか、そんなの気にしている余裕のない啓介は、にっこりと笑顔を向ける。
「サンキューな、アニキ」
　そこで疑問が生じた。アニキはどうやってオレの居場所を見つけたんだろう。
　だいたい、今日は帰れないって聞いてたのに・・・・？？
「・・・ほら、乗れ」
　苦笑しながらドアを開けてくれた兄涼介に従い、助手席に落ち着く。従姉妹の緒美の家庭教師を始めるまで、自分専用だった場所は心地よく迎えてくれた。
「アニキ、よくここで飲んでるって判ったじゃん？」
「大学の連中と飲む時はいつもこの店だろう？朝はＦＤで出かけたのに、車庫に収まっていれば、飲みに出たくらいの検討はつくさ」
「さすがアニキだ」
　やっぱり他の奴らとは違うんだよ。アニキは何でも判っちまう、ホントすげぇ。
　感心しながら、啓介は勝手に窓を開けて、カセットテープを交換し始める。他人がやれば咎めるだろう兄も、啓介の行動には甘いことを良く知っているのだ。
「この近所で電話すれば、飛び出してくるだろうと思ったしな」
　柔らかい声で告げられ、啓介はご機嫌でシートベルトを締める。
「今夜も帰って来ないと思ってたからさ、すごいびっくりしたんだぜ」
「そうか・・・・」
　少し暗くなった涼介の声に気付かず、啓介はゆっくりと外の空気を吸い込んだ。飲みすぎた躯は火照っていて、外の冷たい風が心地よい。
「・・・・ずいぶん飲んだようだな」
　不機嫌そうな兄の声に、啓介は小首を傾げる。今まで飲みすぎで怒られた記憶はあまりないのだから、それも当然だった。
　何を怒っているんだろうか？
「・・・アニキ？」
　怪訝そうに問い掛ける弟の、何もわかっていない姿に・・・涼介は溜息をつく。
「・・こんな薄着で出かけたのか？」
　言葉にされて、啓介は自分の姿にようやく気付いた。長袖とはいえ、薄手のシャツしかまとっていない姿は、確かに寒そうだ。
「ん？　上着・・・置いてきちまった・・」
　啓介の無邪気なセリフに、しかし涼介は眉を顰める。正確にはセリフにではなく・・・・。

　信号でＦＣは静かに停車した。あまり振動を感じさせない丁寧な運転と裏腹に車内の空気は重苦しい。さすがに寒さを感じた啓介は窓を閉め、さっきセットした音楽だけが車内に響いていた。
　オレ・・・なんか悪いことしたっけ？？
　啓介が必死に考える傍らで、涼介は無言のまま信号に目を向けている。その沈黙の重さに耐えかね、啓介はついに決死の覚悟で声をかけた。
「なぁ・・アニキ、オレ・・・・なんかした？」
「どうしてだ？」
　即答で問い返され、啓介は一瞬言葉に詰まった。
　なんで問い返されるんだよ！？
　パニックになった頭で、啓介は酒の勢いも手伝って半泣きになる。
「だって・・・怒ってる・・じゃん」
「・・・・・・・・・・・」
　今度は無言。
　空気が重すぎて耐え切れなくなった啓介が口を開こうとしたとき、ようやく涼介は助手席の啓介へ視線を向けた。
　だがそれも一瞬で、すぐに車庫入れに集中するフリをする。兄涼介のテクなら車庫入れにわざわざ集中するほどのこともない。いつもの定位置に停めるだけなのだから。
　啓介はなんとなくシュンとして、うな垂れたままクルマから降りた。何をしたのか、怒られるような失敗をしたらしい自分を振り返るが・・・・記憶にないのだから、どうしようもない。
　・・・許してもらえる程度のことならいんだけど・・。
　クルマのフロントを回り込み階段の方へと歩き出せば、後ろから兄涼介が近づくのがわかった。体に緊張が走る。カギでドアを開け、中に入った瞬間―――振り向かされ、背中からドアに叩きつけられた。
「痛っ・・・」
「啓介」
　知らず瞑っていた目を開けば、呼んだ兄の整った顔が目の前だった。そんな場合じゃないのに・・・キレイだと思う。
「・・・・・・・・俺がいないと、こうやって遊んでたのか？」
　言われた意味がわからず、じっと見つめ返した。兄の細く器用な指がシャツの襟を摘む。 誘われるように視線を落とした先、色の淡いシャツの襟元に付けられた、赤い跡―――これって、口紅？
「違っ、違う。アニキ、誤解だって・・・」
「言い訳はいいさ」

　初めて・・・・アニキが本気で怒るのを見たのかも知れない。
　怖かった。こんな、まるで切りつけるような眼差しを向けるなんて・・・・・・オレに対しては一度もなかったのに。
「・・アニ、キ」
　　オレはどうしたらいいのかも判らず、ただ震えていた。物騒に眇められた兄の視線に射竦められ、その指先が動くのをじっと見つめる。
　・・・・・・・・・・・・・ただ、嫌われたのかと、それだけが怖かった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....