W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・・ん・・」
　小さくうめいた啓介がゆっくりと目を開く。すぐに何度も瞬きする弟に、涼介は軽く接吻けて苦笑した。
　この寝起きの悪さは誰に似たんだろう？
　寒いとついついやってしまうのだが、無意識に布団の中に潜り込む。引き寄せた布団の暖かさに、頭まで被ってしまいたくなった。なんとも・・・啓介がやると可愛い（笑）
　だが、その可愛さに惑わされるようじゃ、兄はやっていられない（爆）啓介の手が掴んでいる布団を勢いよく剥ぎ、軽く肩を竦める。
「今日の講義を落としたら、留年するぞ」
　溜息混じりに告げられた内容に、ようやく啓介も目が覚めたのか。普段から寝起きが悪い弟なのだが、別に聞こえていない訳でもないらしい。
　・・・・・・ということは、聞こえないフリをしていたのだろうか、今までは・・・。
「ん・・起きる・・・おはよぅ、アニキ」
　ぼんやりしているらしいが、ちゃんと挨拶だけは忘れない。幼い頃から涼介に育てられた啓介だから、礼儀だけはちゃんと叩き込まれていた。
「コーヒーも用意してある、さっさと着替えて下りて来い」
　ぼさぼさの頭を掻き毟る啓介を笑うと、涼介は足元のガラクタを踏まないよう注意しながら部屋を出た。
　何度注意しても啓介は片付けようとしない。一度勝手に片付けておいたら、何がどこにあるか判らなくなってしまい、啓介は一々物の在り処を聞きに来た程だ。ぐしゃぐしゃになっている部屋の中、部屋の主だけは何がどこにあるか・・・きちんと把握しているようだった。
　バタンを音を立てて閉まったドアをぼんやりと見つめていた啓介も、しばらくするとモソモソ動き出した。半分寝ぼけた頭で着替えると、足早に階段を駆け下りる。洗面台の前で整えた髪を確認し、やっと兄がいるリビングへと足を踏み入れた。
　さっきまでベッドで寝ぼけてた姿からは想像も出来ないほど、格好いい啓介がいる（苦笑）
「おはよ、アニキ」
　新聞を斜め読みしている涼介の隣に陣取り、コーヒーカップに口をつける。
「啓介・・まだ熱いぞ」
　そして、学習能力が欠けている啓介は・・・またやらかした。
「あつっ！！」
　警告は遅かったらしい。極度の猫舌だというのに、コーヒーの温度を確認することなく飲んだ弟に肩を竦め、奪い取ったカップをテーブルに置いた。
「ありひぃ・・」
　アニキと言いたかったんだろうが、すでに言葉にならない。よほど熱かったのだろう、啓介は赤くなった舌をぺろっと出した。
「ほら、こっち向け」
　言われた通りに振り向く啓介。当然とばかり、涼介は弟の頬を両手で支えると・・・そっと舌の先の火傷を確
認した。思ったとおり、騒ぎほどたいしたことない。
「・・・ったく、気をつけろよ」
　頷く啓介の火傷を舌で辿る。触れ合った瞬間、啓介は迷うことなく目を閉じていた。考えるまでもない、当然の行為。指先を切った時のように、優しく触れる兄の舌と唇にうっとり身を任す。柔らかく包み込むようにして火傷に触れる涼介は、次第にキスを深めていくが、啓介は甘い吐息を漏らしただけだった。
　そっと離れた唇を惜しむように、啓介が少し眉を寄せる。そんな些細な表情にすら欲が刺激され、涼介は苦笑するしかなかった。
　どこまで欲しても、まだ足りないのだ。どんなに啓介の態度が、言葉が、眼差しもが、雄弁に愛を語っていても―――貪欲に強請ってしまう。
「・・今日は何の日か、知ってるか？」
　少し深い意味合いを含んだ涼介の口元の笑みに、啓介はとっさにカレンダーの日付を確かめる。
　３月１４日―――キッチンをココア塗れにした日から、ちょうど１ヶ月だった。ちょっと揶揄られてるのに気付いたが、ここは気付かないフリで答える。
「ホワイトデーだろ？」
　にっこりと笑顔を添えた弟に、温度を確認したコーヒーカップを渡しながら・・涼介はＦＣのカギを見せる。
　ちゃらりと音がしたのは、金属のプレートがついているからだ。キーホルダーにと、高校生の啓介がプレゼントしたものだった。
「今日は送ってやるよ、だから帰りも迎えにいく」
「それがお返し？？」
　単純な啓介の答えに、涼介はくすっと抑えきれない笑いを漏らす。可愛らしい発想をするもんだ・・・普段の俺の行動を振り返れば、そんなちゃちなお返しで済ませたことなんてない事が、すぐわかるだろうに・・・・。変に欲がない弟だ。
「なんだよ・・・」
　拗ねて頬を膨らませた弟の頬に手を這わせ、涼介は正面から啓介の目を覗き込んだ。
「違う・・・そんな簡単に済ませたりしないさ。お返しは迎えに行った後だ・・・・・それより、そろそろ出ないと遅れるぞ」
　言いながら、優雅な仕草で立ち上がる。するりと頬をすり抜けた手の温もりが惜しくて、啓介はちょっと残念に思う気持ちを溜息にして吐き出した。
　どんなに触れてても足りない。前はそんなことなくて、アニキが傍にいてくれれば良かったのに―――いつからこんなに弱くなったんだろう？
　玄関で靴を履けば、外からＦＣのエンジン音が聞こえた。独特のフィーリングとリズムを持つ、赤城最速の白いＦＣ―――。まるで小学生の子供のように駆け出しながら、啓介は太陽のような笑顔を見せていた。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....