W2×1　【MiyabihimeA】

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啓介が免許を取って、早1ヶ月。

夏の暑い日差しを避けるように、涼介はクルマを木陰に寄せた。夕方に近い、冬ならとっくに暗くなっている時間だが、夏の陽はまだ十分に高い。

大学の講義が終わると同時に、啓介と約束した場所へと向かったのだが・・・少し早くつき過ぎたようだ。啓介との約束に遅れた事のない涼介は、また見えないＦＤを駆る弟のあせる姿を思い浮かべて微笑んだ。

小さい頃から自分にベッタリだった弟だが、その態度は18歳になった今でも変わらない。「アニキ」と呼ばれるたびに笑みを向けてしまう程、啓介の存在は涼介にとって大きなものだった。

”ベッタリな弟って、面倒じゃないか？”　そう聞かれた事もあったが、涼介にはその感覚を理解する事は出来ない。頭で解っても、実感として感じた事がないのだ。

周囲が望むままに振舞う俺を誇りにしてくれる弟の存在が、俺には必要不可欠だった。

啓介が見つめる先、常に先を歩くことで、啓介を上から引き上げてやりたい。それが自分の存在意義のような気がしていた・・・。

啓介の為にする努力をやめようとは思わないのだから、いや”啓介の為”ではなく、俺は啓介に認められたいだけなのかも知れない。だとしたら、精神的に啓介へ依存している率は高いだろう。

退屈になりそうな日常を、啓介に助けられているのだ。

一通りこなせるから、余計に日常は退屈だった。周囲の期待の重さに負ける程弱くないつもりだが、それでも平坦な日々だと息苦しくもなる。

ただ―――そんな日常の中でも、啓介の態度や言葉が俺を浮上させてくれた。退屈におぼれる俺を引き上げることが出来るのは、今のところ可愛い弟だけだ。

少しキツイ感じのする啓介の眼差しを思い浮かべ、口元の笑みをさらに深くする。負けん気の強さが前面に出ているくせに、俺の前では態度が可愛い。

本人にバレたら怒られそうなことを考えながら、クーラーの効いた車内から道の先を見つめた。

ブロロロ・・・。

低いエキゾーストは独特で、マフラーだけで作られる音ではない。ロータリーだけが持つ響きを、聞き間違う筈がなかった。

・・・来たか。

アスファルトが太陽の熱で淡い陽炎を作り、その中にＦＤの黄色いボディーが映える。

派手な色を選んだものだと思うが・・・アイツは色の持つ意味など考えてないんだろうな。

口元に苦笑が浮かんでしまう。つい先日、心理学の講義を齧った時の話を思い出した。教授が言うには、派手な色ほど相手に訴えかける意思が強いらしい。

赤は注目を、紫は情欲を、青は同情を。それぞれに訴えて構って欲しいというシグナルを出すものなのだろうだ。教授の言葉を信じるなら・・・黄色は《情緒不安定》。常に誰かに隣にいて欲しい、独占欲の強い色だ。

末っ子の啓介らしいな。２人兄弟でも幼馴染みの史浩などが昔から一緒にいたせいか、一際末っ子の特徴が出た弟をガラス越しに見つめる。

新車のカタログを見るなり、黄色がいいと騒いだのは啓介本人だった。親が顔を顰めるのを無視し、大きなリアスポまでオプションでつけた。

その時はただの派手好きとしか認識しなかったが、今になって考えれば、”黄色に関する考察”は確かに啓介に当てはまる。

啓介の周りには常に友人が大勢いる。啓介自身が集めるより、自然と友人の方から寄っていく感じだった。人懐こい性格と大雑把なところが、一緒にいると楽なのだろう。

我儘な部分を差し引いても、いや・・・啓介が甘えるのは限られた人間だけだ。俺や史浩に対しては甘えっ子の態度で接してくるが、他の友人などには面倒見がいいヤツで通っていた。

ヴォォオォン・・・。

一際大きくふかしてエンジンを切り、ターボタイマーがアフターアイドリングを始める。隣に停めた啓介は、窓を開ければいいのに降りて歩み寄った。

熱い空気でクーラーで冷えた肌が汗ばむのも気にせず、啓介は笑顔で運転席をノックする。

「遅いぞ、啓介」

運転席の窓を開け、開口一番で文句をつける。もちろん、本気でないのは啓介も承知していた。

「ごめん、アニキ。遅れちゃった」

全然悪いと思っていないのは、その笑顔で明白だった。そんな態度は厚かましくて嫌な部類に入る筈だが、啓介がすると可愛くてしかたない。

・・・俺も啓介には甘いからな。

「ドライブしてから食事のつもりだったが・・・」

そういって思わせ振りに腕時計を指差す。ひょいっと覗き込んだ啓介は、ぺろっと舌を出して目を逸らした。

約束は4時。今の時刻はすでに4時半になろうとしている。思ったより遅刻していた弟の前髪をくしゃっと掻き上げた。

・・・ヴッゥゥン。

低い唸りで、2分にセットされたターボタイマーが切れた。聞こえなくなったロータリーの音、そしてもう1台のロータリーが低く響き続ける。

「ま、いいじゃん。アニキ」

軽い口調で笑顔を向けてくる啓介の髪を再び掻き上げ、目を細めてにらみつける。本気で怒ってないのを見透かした啓介は気にした様子もなくＦＣのキーに手を伸ばした。

「こら、啓介」

ひょいっとキーを捻ると、エンジンを止めてキーを引き抜いてしまった。

「いいじゃんか。どうせオレの運転見てくれる気だったんだろ？」

だから自分のＦＤでいけばいい。そんなニュアンスの言葉と行動に苦笑すると、涼介は啓介を手で追っ払う。

おとなしく後ろに下がった啓介の前でドアを開け、熱い空気の中に降り立った。ＦＣのガラスをオートで閉めながら、まだターボタイマーが働いているクルマを振り返る。

「啓介、キーを寄越せ」

「オレが閉める」

カギをかけた弟からキーを受け取り、ポケットに放り込んだ。啓介が免許を取ってから、もう何度となく繰り返した光景だ。

啓介の為でなければ、ＦＣを公園の駐車場に置き去りにするなんてこと、絶対にしないだろう。

黄色いＦＤのミラーが反射して、一瞬眩しさに目を瞑った。ゆっくりと目を開ければ、啓介が運転席のドアに手をかけて振り返る。

「どこ行く？　アニキ」

助手席側に回り込みながら、集中ドアロックが解除されたドアを開ける。乗り込む直前に、啓介もシートに腰を下ろすのが見えた。

白いＦＣに日陰を作っている木から落ちた葉が、ＦＤのボンネットでゆれる。それに視線を奪われながら、行き先を考えるのは、案外楽しいことだと気づいた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....