W2×1　【MiyabihimeA】

「レイル・・？」
　隣に腰掛けた恋人が、くすんだ金髪を揺らして小首を傾げる。その肩に頭を預け、抱きつくようにして表情を隠した。見られたくなかったし、見せるつもりもない。
　鼻の奥がツンと痛くて、涙がじわりと薄氷色の瞳の表面を覆った。
「アイツを死なせてやるべきだったのか？」
　２年前の自分では決意できなかった。また友を失うのではないかと恐怖に駆られ、止まらない血を押さえ、冷えた身体を温めて・・・生き長らえさせることに必死だった。
　出血が多すぎたのか。意識が戻るまでに一週間近くかかったけれど、ようやく目を開いた友を見て・・・・安堵する反面、ひどく後悔したのだ。
　ああ・・・救えなかった、と。
　死神と呼ばれた男は、いつでも死を身近に置きながら生きてきた。その強さは、眼差しに宿る光となって他者を威圧する。珍しい青紫の瞳は、忌み名と裏腹に生気に満ち満ちていたのに・・・目の前で天井を見つめる彼はどうだ？　まるで別人だった。
　生きた屍―――そんな言葉が脳裏を過ぎるほど、生気がなく。
　呼吸するだけの器になっていた。
　あの日冷たい雪の中から見つけた友人を、そのまま死なせてやるのが友情だったのではないか。迷いは２年間ずっと胸にある。
「僕は、デュオさんは生きるべきだと思います」
　言い切ったミカエルの強さに、レイルの手が震える。その手を手袋越しに包み込んで、己の頬に押し当てた少年は言葉を選びながらゆっくり告げた。
「好きに生きて、沢山の命を奪って・・・何もせずに消えるなんて卑怯です」
　デュオさんも、ヒイロさんも、そして僕達も世界に償うべきなんですよ。
　ハッとした。
　ミカエルの言葉は、かつての悪友の科白そのものだったのだ。１９５年戦争が終わった直後、ふらりとレイルを訪ねてきたデュオが口にした「これからは償わなくちゃな・・沢山殺し過ぎた。世界を平和に導くなんて口にしたって、やったことは大量殺人だ。だから憎しみの対象として、オレは生きなくちゃならない」懺悔すら許されない立場で、死より辛い生を選択した。
　ならば、デュオは恋人に撃たれようと死ぬべきではない。
　命より大切な人に傷つけられ、それでも生きて苦しむことが彼の償いになるとしたら。
「辛いな」
　そこまで過酷な人生を歩む必要があるのか。
　誰より優しかった為に、残酷で凄惨な人生を選び、選んだ結果に苦しんで・・・楽になる道を探すことも許されない。これが神の与える試練だと言うなら、神に祈る価値さえ見出せなかった。
「侮辱ですよ、レイル。死神たることを選んだのはデュオさん自身です」
　だから同情など必要ないと涙声で言い切り、恋人の赤毛を優しく撫でる。俯いた表情が見えなくても、レイルが心で泣いているのは分かった。もう５年の付き合いだ。分からない筈がない。情報社会の裏を牛耳る立場のくせに、お人好しで貧乏くじが似合う。懐に入れた存在にはどこまでも甘いのだから・・・。
　顔を上げれば、街は銀世界だった。
　穢れなど知らぬように、夕暮れの日差しにほんのりピンク色に染まった雪が光を弾く。凍えるような寒い夜は雪が降らぬという。雪は暖かい夜に音もなく降り積もるのだ。
　あの日のように・・・・。
　空が鮮やかなオレンジを纏い、やがて青紫の時間が訪れる。
　数時間前、ちょっと出かけてくると軽い挨拶で出て行ったデュオ・マックスウェル。また生きて会えるのか、それすら分からない。死神と呼ばれる友人を思い浮かべ、レイルは瞑目した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---