W2×1　【MiyabihimeA】

　何度も失敗しながら、何とか鍵穴に差し込む。両手を拘束されていないから、腕は結構自由が利いた。差し入れたフックを左右に動かし、鍵穴の形状を探る。ゆっくり時間をかけて確認すると、徐に鍵の解除に取り掛かった。
　針金のような物ではないから、予定より時間はかかるが、外せないほど複雑な作りでもない。小一時間もすると、カチンと軽い音を立てて鎖はベッドのシーツに落ちた。
　右足首が自由になったのを確かめ、ヒイロは床に降り立つ。鎖をベッドの中へ引きこみ、枕などを使って寝ている状態に見えるよう形を整えた。
　簡単過ぎる偽装だが、デュオが俺を拘束していると思っているなら、かなり効果がある筈だ。
　とにかく全裸ではどこにも行けないので、予備のシーツに包まりながら、ヒイロは部屋のドアを開けた。鎖で繋がれた状態ではドアに届かなかったので、彼もドアに施錠はしていない。
　注意深くドアから気配を探り、近くにデュオがいないのを確認して、ゆっくり音を立てないように足を踏み出した。
　エージェントとして鍛えた勘も、こうしてみるとさほど鈍っていなかったらしい。建物の構造を脳裏に叩きこみながら、左手のドアを開く。この建物の造りなら、まず間違いなくここに主寝室がある筈で、ヒイロの部屋に近い事もありデュオが使用している可能性が高かった。
　しかも、部屋の中は無人だ。
　部屋はやはり主寝室として造られていた。ベッドとクローゼット、書棚が並ぶすっきりとした部屋だ。全体にサーモンピンクで纏められた内装は、落ち着いた雰囲気を醸し出している。木目を強調した家具が、その雰囲気に自然な感じで溶け込む。
　全体に白いヒイロの部屋とは、かなり違った。
　迷うことなくクローゼットへ手をかける。中にはかなりの数の服が入っていた。スーツのような物から、ラフな服まで・・・引き出しを開けたヒイロは、クリーム色のシャツと黒いスラックスを出した。迷ったが、下着は手をつけずにそのまま穿く。どうせ長く着ているつもりはない。
　靴はスニーカーに布を詰めた。ヒイロより体格がいいデュオの靴は、当然サイズも大きく合わなかったのだ。
　身支度が済むと、ヒイロはほっと息をついた。
　やはり全裸と服を着ているのとでは、精神の安定に格段の差がある。裸では何か落ち着かないのだ。
　クローゼットの扉についている姿身サイズの鏡に、顔色の悪い自分が写り・・ヒイロは溜め息を吐いた。ここ数日で体力も気力も使い果たしてしまった気がする。ずっと気怠さが身に纏いついて離れない。
　扉を閉めようと動かした瞬間、ヒイロは目を見開いて呼吸を止めた。視線は鏡に釘付けとなり、青ざめた顔色はさらに悪くなる。信じられない事だった。
「デュ・・・ォ・・・」
　辛うじて唇が動く。鏡の中のすがたは、ヒイロが今最も恐れている男だった。いくら憔悴しきっていたとはいえ、ヒイロに気配すら感じさせなかったデュオは、開いたドアに寄り掛かり、冷えた眼差しをヒイロへ向けている。
　完全に消された気配は、鏡がなければ振り返るまで気づけなかったに違いない。
　どうして？　実力は俺の方が勝っている筈・・・・。
　なぜ気づけなかった？　そんなに俺は注意力が散漫だったというのか？！
　ヒイロの疑問はすぐに消える。デュオの眇めた目と歪められた口元に、危険を感じて疑問どころではなくなっていた。
　ガタガタと震えが来る。
　エージェント教育を受けて、最高ランクに位置づけされたヒイロに気づかせないなど・・・信じられない現実だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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