W2×1　【MiyabihimeA】

「人騒がせなんだから・・」
　苦笑いしたカトルの締め括りに、ようやく納得したらしいと判断してデュオも肩から力を抜いた。
「本当に悪かった。埋め合わせはするぜ」
「当然だ」
　五飛の断言のタイミングで、最初に席を立ったのはトロワだった。五飛とカトルを促して退出するトロワは気遣わしげにヒイロを見やり、何も言わずに去る。続いてカインの手を引いたシフェルが、最後にレイルがぽんとデュオの肩を叩いて歩き出す。咥え煙草のレイルが残した甘い香りが、室内に絡みつくように残された。
「ヒイロ・・」
　睨みつける眼差しに耐え切れず、縋るように名を呼ぶ。組んでいた足を解いて立ち上がるデュオが、ソファに身を沈めたヒイロの前に膝をついた。
「・・・何故」
　どうして言わなかった？
　一言相談してくれたら・・・こんな想いをしなくて済んだ。
「ゴメン・・・」
　謝るしか出来ないデュオの青紫の瞳を見つめ、感情に駆られて痛みを吐き出す。
「お前が見つからなくてっ！　死んだと思いたくないから・・毎日探して・・・見つけられなかった俺の気持ちが分かるか？　死体もなくて・・・生きていると信じていても、涙が零れそうになったッ！！」
　搾り出すような悲鳴に似た感情を受け止める。苦しそうに眉を顰めて、じっと見つめてくれる恋人の気持ちも立場も理解できていた。だが理性で納得しても感情は違う。　
　どろどろした汚い熱い感情が噴出して止まらないのだ。
「後少し早く気づいていたらと自分を責めて、お前を喪ったかも知れない恐怖に震えて・・・もう・・・・っ、・・・」
　二度と会えないと絶望した。
　あの恐怖が再びヒイロを襲う。震えるヒイロの握り締めた拳を上から包み込み、デュオはひたすらに許しを請うた。
「オレが悪かった、ヒイロ・・本当に、ゴメン・・」
　そうじゃない。
　謝罪が欲しいのではなくて・・・デュオを責める前に、気づけなかった自分が情けない。エージェントとしての能力なんかじゃなく、恋人の異変に気づいてやれなかった鈍さが・・己を責めて止まないのだ。
　胸が苦しくなって、ぎゅっと胸元を掴んだ。ヒイロの仕草に、迷いながら伸ばされたデュオの手が抱き寄せる。
「本当は・・・」
　言いかけて、デュオは唇を噛んだ。言わない方がいいだろうが、それでも・・・隠されることをヒイロが嫌がるなら、告げることも愛情だ。自分に言い聞かせて深く息を吐いた。
「・・記憶を消す必要なんてなかった」
　そう、ただ連中から逃げるだけなら、デュオほどの能力を持ってして逃げ切れない筈がない。それは同等の能力を誇るヒイロもとっくに気づいていた。もしかしたら、シフェルやレイルも気づいて指摘しなかった可能性がある。
　ヒイロを抱き締める腕は、小刻みに震えていた。
　死も銃口も恐れない男が、これから告げる内容を・・それによってヒイロが見せる反応を怖がっているのだ。愛しさに似た温かな感情が満ちて、ヒイロの腕がおずおずとデュオの背に回された。指先に触れた三つ編みをそっと握る。
　戦慄く唇が息を吸い込む音が、酷く耳に残った。
「・・だけど、もしかしたら・・って思ったんだ」
　・・・・泣いているのだろうか。
　途絶えながら聞こえる言葉に耳を傾けながら、ヒイロは背に回した腕に力を込める。
「もしかしたら・・・ヒイロだけのオレでいられるんじゃないか？　もう手を血に染めないで、２人で穏やかに・・物騒な世界に振り回されないで生きられるかも知れない・・・なんてさ」
　最後を自嘲する響きで綴ったデュオの告白に、ごくりと喉を鳴らしたヒイロが身を震わせた。
　なんて身勝手な想い―――そして、なんと深い愛情。
　スイーパーの任務も義務も部下も捨てて、世界を守る崇高な使命も放り出して、愛する人と２人で過ごす未来。甘やかで退屈な日々を望んだデュオの気持ちは、ヒイロの心に隙間なく染み渡った。本当にそんな状況が許されるとしたら、それは２人が戦えなくなった時だろう。その為に何もかも失う可能性を承知の上で、それでもデュオは願ってしまった。
「だが・・・」
「わかってるよ、こんなの・・・許されない。血塗れのオレの手は、記憶がなくても人を殺す。魂を奪って・・・この手が赤いのは知ってても・・・少しだけ、僅かな時間でも・・・・」
　夢を見たかった。
　幻想でしかないと理解しながら、どうしても誘惑に抗えなかったのだ。
　ぽたりと、ヒイロの額に雫が落ちる。僅かに顔を上向ければ、透明で純粋な笑顔を浮かべたデュオが涙を流していた。温かな涙が冷たくなり、ゆっくりとヒイロの頬へ滑り落ちる。
「・・・・もういい。傷つくな」
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ヒイロだけに本当の話をするデュオ。散々ヒイロを悲しませた挙句、この体たらく・・・・最悪ですね。このぐらい自分勝手で周囲の気持ちを無視できる男なのかも。綾雅の最近のデュオに対する感覚はそんなカンジ。それが出た為に、こんな話になっています。なお、もう少し続きますので・・お付き合いくださいませ。
　
【拍手コメント御礼】　misa様・・・血塗れで手を洗うシーンは・・確かに好きです。以前も書いた気がする；　よく覚えていますね！　なんか、綾雅の中でデュオらしいな・・と思うシーンなんです。これからも出る・・かな？（笑