W2×1　【MiyabihimeA】

　小さな声が謝罪だと気づき、ヒイロは慌てて無表情を取り繕う。以前は当たり前だったポーカーフェイスを纏うことが辛いと思うのは、相手がデュオだからだ。
「少し待っていろ」
　立ち上がって紅茶を用意する。手にしたマグカップを彼の前におき、机を挟んだ向かい側へ座った。じっと見つめる先で、視線を伏せたデュオが軽く唇を噛む。
「何か知っているかと聞いたな。事情を話せ」
　促した先で聞いた話は、ヒイロの予想を裏付けるものだった。
　デュオの記憶は僅か数時間前まで遡って途絶える。冷たい雨の中、空港近くの公園でベンチに座っていたらしい。びしょ濡れのデュオを心配して話しかけた女性が手を触れた瞬間、嫌悪感に似た感覚に振り払った。咄嗟に笑顔を作り「大丈夫です」と取り繕って歩き出した彼は、無意識に幾つかの通りを曲がっていく。体が覚えているのか、自宅までのコースを迷わずに歩ききった。
　だが、そこで立ち止まる。
　このマンションも、歩いてきた道もまったく覚えがない。自分の名前や年齢といった個人情報も残っていないから、慣れた様子で部屋番号を押そうとする指に戸惑ってしまった。
　結局、為す術なく立ち尽くしたところへヒイロが駆け寄ったのだ。手を引かれ、その感触が嫌じゃないから振り払うことなく着いて行った。
　淡々と他人事のように話し終え、小声で「いただきます」と声をかけて紅茶を口に運んだ。カップに口をつける寸前、何かを確かめる仕草で唇を紅茶で濡らし、一度舐め取ってから飲み始める。
　警戒した所作を無意識に行うのは、まだヒイロが自分にとってどんな存在か分からない所為だろう。
「わかった。お前の経歴はすべて俺が教えてやる」
　机の端に置きっぱなしの端末を引き寄せ、キーボードを流れるように操作する。呼び出した情報が表示されたディスプレイを彼に示し、見るように促した。
　プリベンターに登録されたデュオの個人情報だ。公式には本人であっても閲覧出来ないデータをハックした。
　写真付きのデータを読み終えたデュオは、僅かに小首を傾げる。
「本当にオレか？」
「ああ」
「人違いじゃなくて？」
「間違いない」
　言い切ったヒイロに安心したのか。
　デュオは大きく息を吐いて、強張っていた肩から力を抜いた。
「生きていた報告をするついでだ。プリベンターで検査を受けてもらう」
「わかった・・ところで、アンタの名前は？」
　そこで名乗っていなかったことを思い出す。記憶がないなら初対面なのだから、彼が緊張した態度を見せるのも当然だと気づいた。少しだけ蒼い瞳が伏せられ、「ヒイロ・ユイだ」と形の良い唇が告げる。
「ヒイロ・・」
　そう呼んで構わない？
　尋ねる響きを滲ませたデュオへ無言で頷いた。
　イントネーションも、その声色も、何も変わっていないのに・・・・含まれていた感情が抜けるだけで、まったく別人に呼ばれる無機質さを感じる。しかし感情を押し殺したヒイロの整った顔に、その不快感は微塵も滲んでいなかった。

　正面から本部へ顔を出せば騒ぎになる。知らない人間に揉みくちゃにされて、質問攻めにされるのは嫌だろう？　そう言われれば、デュオも疑問を持たずに頷いた。各組織へ連絡を済ませたヒイロは、深夜に近い時間を選んでプリベンターへデュオを連れて行く。そこには様々な準備と計算が含まれていた。
　サリィの診断は短期記憶障害―――全生活史健忘とも言われる。１時間弱の問診の結果としては妥当だろう。生活に必要な習慣の記憶は残っているが、自分自身に関する記憶がまったくない症例を示す病名だ。
「つまり・・記憶喪失ってこと？」
　尋ねる口調は疑うことを知らない子供のようで、苦笑したサリィは「そうね」と肯定した。
「治す方法は？」
「昔の記憶を呼び覚ますのがいいわ。いろんな人に話を聞いて、少しずつ焦らずに思い出せばいいのよ」　
　言外に即日治るものではないと滲ませれば、デュオが大げさなジェスチャーで「了解、ゆっくりやりますよ」と笑って見せた。そんなところばかり、以前のデュオにそっくりだ。
　ヒイロと２人の時の大人しさが嘘のようだった。だが不安を見せまいと振舞うデュオの所作は、記憶を失くす前の彼と重なる。いつだって弱みになる部分を隠して生きてきた男だから、自然と同じ振る舞いをするのだろう。
　そう納得したヒイロは、自分にだけ不安を見せてくれたデュオが嬉しくて、少しだけ表情を和らげた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　微熱に浮かれて、少しばかり誤字脱字が多いかもしれません。見つけたらご指摘下さい。
　怠いのにSSをUPするって・・・どんだけWバカなんでしょうね、あたしゃ・・・・。
　ようやくデュオの記憶喪失が周囲にバレ（？）はじめ、いろんな意味でストーリーが始まります。すでに伏線も多数・・・最後に忘れないよう解決しなくちゃね。