W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・・どうして狙いを外した？」
　尋ねるデュオは、青紫の目を苛立ちで眇める。
　こうなるだろうと分かっていた。彼が何を選択し、その結果どうなるのかも・・・冷静に理解できるからこそ、組織の頂点に君臨していられる。自分の願いと違う方向へ向かう現実でも、理性が下す判断は常にデュオの命を繋ぎとめてきたのだから。
　左二の腕を貫いた銃弾が、鮮やかな血を滴らせる。シャワーの水はひたすらに床を叩き、デュオの足元を濡らしながら赤を流し続けていた。シャワーを止めてバスローブを羽織ったデュオは、己の左半身を濡らす血を無視して足を踏み出す。
　この襲撃は予想していた。飛び散ったガラスを器用に避けて、倒れている”ヒイロ”まで無傷で近付く。ゆっくり膝を折り、荒い呼吸を繰り返す”ヒイロ”の前に屈んだ。
　痛む左手で彼の顎に手をかけて顔を上げさせ、泣いている蒼い瞳に息を呑む。僅かに赤く染まった眦をみれば、銃を撃つ前から泣いていたのだと知れた。
　舌打ちして、崩折れた”ヒイロ”を抱き起こす。
「俺は・・・・ォを・・殺し、・・くな・・・た・・・っ」
　切れ切れの言葉に、デュオは「分かってるさ」と囁いた。抱き寄せた体は出血の為に冷たい。
　支える左腕が痛みに疼いたが気にならなかった。
　”ヒイロ”はデュオを殺そうとしたのではなく、デュオに殺されたかったのだ。他の誰でもない、自分が心を委ねた唯一の存在の手で・・・命を絶って欲しかった。
「なぁ、”ヒイロ”。オレはおまえを好きなんだぜ？」
　優しい微笑を作りながら、そっと・・・まるで秘密を打ち明けるように耳元で囁く。
　ヒュッと乾いた悲鳴に似た呼吸音が聞こえ、次いで”ヒイロ”が笑った。もう何も見えていないだろう彼は、心臓に届くナイフの刃を揺らしながら徐々に呼吸を減らしていく。
「・・・・大丈夫、もう何も心配しなくていい。ここにいるから・・・・”ヒイロ”」
　死に逝く者へ吐く嘘は・・・ひどく甘く響いた。
　ぼんやりした視界の中、”ヒイロ”が冷たい指でデュオの首筋に触れる。頬へ伸ばそうとしたのか、もう力の入らない指は肌を滑って落ちた。途中で捕まえたデュオがぎゅっと握り締める。
　ああ・・夢のようだ。
　望んだ通り、今俺はデュオの腕の中にいる。これが最初で最後だとしても構わなかった。
「・・っ、・・・俺は・・・だ・・・・・から」
「それでもオレはおまえを選んだ。アイツじゃなく・・おまえがいい」
　ニセモノだと最後まで自虐する彼が、心の底から望んだ”嘘”を低い声で捧げる。紫色を通り越し、ついに白くなり始めた唇を触れるだけの優しいキスで塞いだ。
　悲鳴は聞きたくない。
　触れたナイフの柄を、一気に―――引き抜いた。
　溢れる血が生臭い空間を作り出す。突き刺さったまま傷口を塞いでいたナイフがなくなったことで、赤は外へ吹き出してデュオの腕を伝い・・・床を染めた。
　冷たいキスが終わり、デュオは掠れた声で「バカな奴・・」と小さく呟く。それは”ヒイロ”に向けられたものではなく、結果を知りながらのめり込んだ己への自嘲だった。
　伏せられた蒼い瞳は二度と光を映さない。呼吸を止めた唇から血が溢れて喉を伝った。”ヒイロ”を抱き上げると、まだ硬直していない手足がだらりと垂れる。左腕の激痛を堪えて立ち上がり、寝室のベッドに”ヒイロ”を寝かせた。
　長い睫毛、整った顔立ち、美しい黒髪・・・何もかもヒイロにそっくりだ。Ｌ１の組織が”ヒイロ”の顔を作り変えた理由は知らない。だが任務中にヒイロが死んだ場合、入れ替える予備としての扱いだろうと想像はついた。よく似た蒼い瞳を持っていたが為に、髪を染められ、顔を整形され・・・別人の”控え”として扱われる苦痛は、当事者にしか分からない。
「おまえは・・・ヒイロと違う・・・」
　だからこそ側に置いたのに・・・・。
　久しぶりに”死神”の銘を実感した。オレを愛して近付く者は死んでしまう。敵意を向ける人間を殺すことでついた仇名（あだな）ではない。本来はオレを愛した人間がすべて死ぬことからついた・・・忌み名だった。それを意味を変えてやり過ごしてきたが・・・今回は久しぶりに堪（こた）えた。
「・・ホント、参ったな・・」
　ベッドの端に腰掛けて冷たくなった同居人の黒髪に指を這わせながら、デュオは震える声を吐き出す。嫌な夢なら覚めてくれ・・・・・願うだけ無駄だ。血に塗れた手で祈っても、無慈悲な神は応えてくれやしない。知っている癖に、”ヒイロ”の冷たい頬を撫でて自嘲した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ヒイロにとっての正夢、デュオは悪夢、”ヒイロ”は願った夢・・・・様々な意味で夢の続きでした。
　結局自分の手で殺すことになると予想していたのに、”ヒイロ”を側に置いたデュオは、Ｓの振りしたＭですね。それもドＭ！！　←強調；　
　
【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・拍手新しくしました。陰陽師系で書いてみようかな♪　やっぱ拍手御礼は重いと嫌なので、軽いタッチで！　リクありがとうございます。殺伐としたでしょ？　血がドバッって感じで・・・。個人的には”ヒイロ”大好きだけど、決まってた結末なので覆せませんでした。